「治天ノ君」を観て

  劇団「チョコレートケーキ」公演
    ・・町田演劇鑑賞会 7月22日、於・町田市民ホール
    *作:古川 健  演出:日澤 雄介
 

 天皇を劇の主人公とした企画は珍しく、しかも明治天皇なら分かるが、大正天皇とはと。
 天皇在位期間も15年と短く、大正時代といえば、知ってるのは吉野作造らの<大正デモクラシー>ぐらいだ。
 
 また、大正天皇というと、<遠眼鏡事件><脳病だった>が有名で、私もそれぐらいしか思い浮かばない。
 劇作者も初めはそうだったけれど、調べると人間味のあふれたイメージがあって描いてみた、と。

 原敬は<気さく><人間味あふれる><時にしっかりとした>などと、
 大正天皇の人間像を日記に記しているという。

 巡啓(皇太子の地方視察)中には、現在の京大病院で患者に声をかけ患者が涙にむせんだという逸話もある。
 今日の象徴天皇と同様な行為をすでに行っている。
 また、いきなり旧友宅を訪問したり、相手の身分にかまわず気軽に声をかけるなど。


 皇太子嘉仁(大正天皇)は九条節子(貞明皇后)と結婚(1900年)。
 明治天皇と違い側室を置かず、一夫一婦を貫く。
 明治天皇の子のうち、側室(柳原愛子)の子で病弱な嘉仁が一人残って、皇太子となったようだ。

嘉仁節子

 皇太子裕仁(昭和天皇)の摂政就任の動きは、天皇の病状が悪化した大正10年半ばから活発化し、
 10月27日に大正天皇と裕仁の承諾があったという。


 さて、「治天ノ君」の舞台は
 中央に玉座を配置し、両袖から人物が登場して天皇に拝謁、語り合うという装置になっている。



 上の写真:背後に明治天皇、左に貞明皇后、右に皇太子裕仁。

 そして、妻の貞明皇后の語りで進行する。
 時折、皇后と天皇との会話があり、夫婦愛を醸し出す

 また、拝謁する重臣たちを床に座らせて<気さくに>話そうとする。
 時々、玉座の背後から亡き明治天皇が現れ、大正天皇の言動をいさめ、たしなめる。


 この劇の重要なテーマは、重症化しつつある大正天皇の病状から、皇太子裕仁を摂政にすること。
 牧野伸顕が推進派、原敬が慎重派であり、
 祖父明治天皇を尊敬する皇太子裕仁も摂政就任に意欲を持つ。



 上の写真:重症化しつつ、嘆き悲しむ二人。

 問題は天皇自身の許可を得ることに絞られる。

 劇のクライマックスは、
 病状悪化した大正天皇が、片足を引きずり体を歪めて倒れ込むと、
 皇太子裕仁が駆け寄り耳を傾け、口伝てに摂政の許諾を受けたと言い放つシーンであった。
 周囲にいた皇后や重臣たちには、天皇の言葉は聞こえていない。

 一幕劇、客席からの入退場、キャストの機敏な動きなど、
 巧みな演出が印象深かった。

 また、演技面でも、特に大正天皇役の西尾友樹の演技がとても良かった。
 明朗快活な演技から病状悪化の演技まで、言葉づかいや苦悶する姿などを巧みに使い分けていた。

配役
 西尾友樹(大正天皇嘉仁)、松本紀保(貞明皇后節子)ほか


 劇のラストシーン、昭和天皇が退場するシーンの<君が代>と<天皇陛下バンザイ>は、戦前の昭和を予兆する。
  *ただ、効果音の大音響は静かな劇の進行と不協和か。

三代の天皇:明治大正昭和


<コメント>
1,生の舞台を観て、聴き逃したこともあり、シナリオを読んだ。
 天皇の客席から入退場、ファーストシーンは大正天皇で、ラストは昭和天皇であった。
 この入退場はシナリオになく、巧みな演出のようだ。
 シナリオを読んで改めてこの劇の良さが分かった。

2,シナリオを読むと、<天皇神棚論>があり、大隈重信が<天皇を民衆が拝む神棚としたのだ>と言う。
 為政者は拝んじゃいけないと。
 後になると、神棚を拝む政治家などによる政治が、戦前の昭和の激動を生みだすということのようだ。