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 妖精の国アイルランド
 アイルランドにはさまざまな妖精がいる。
 彼ら妖精は、アイルランドにキリスト教が入ってくる
 以前のケルトの古い信仰の生き残りといえる。
 しかしアイルランドの妖精物語に登場する妖精たちは、
 かつての神々の名残りとは思えないほどに
 生き生きとしているのだ。

 レプラホーンは妖精たちの靴屋で、
 赤い服に三角帽子(一説によると緑の服に赤い帽子)。
 何気ないところにも
 この妖精の置物が置かれているという格好である。
 彼らは金持ちの妖精であり、
 レプラホーンを捕まえると大金持ちになるといわれている。
 一方、彼らと同族だが、すでに靴作りをやめ、
 飲んだくれてばかりいる者はクルラホーンと呼ばれる。

 リャナン・シーは詩の妖精で、
 彼女に愛された詩人は若くして死ぬかわりに
 類稀な詩の才能を得るといわれている。

 自分の首を脇に抱え、首なし馬のひく
 馬車に乗って現れるデュラハンは、
 災いをもたらすという点で悪霊といってもいいかもしれない。

 バンシー
 アイルランドの由緒正しい家系についている妖精で、
 泣き精ともいわれる。
 イエーツに言わせると、
 バンシーは自分と縁のある家で死人が出ると、
 それを悼んで嘆き悲しむ心優しい妖精である。
 また、バンシーに関して、
 アメリカに移住したアイルランドの名家で
 死者が出たときにも現れたという話が残っている。

 このように、アイルランドでは
 現在でも人々の心の中に妖精が生きているのである。
 そうそう、アイルランドのいなかには、
 道端に「妖精に注意!(Leprechaun Crossing).」という標識が
 立っているのだ。
 まさか!と思うが、ホントの話で、
 司馬遼太郎も、『街道をゆく31(愛蘭土紀行)』のなかで
 この妖精の標識についてふれている。
 だから、もしアイルランドを車で回る機会があったら、
 妖精の標識があるかどうか探してみるといい。
 ひょっとしたら、本物の妖精に会うかも。



 アイルランドの宗教
 現在、アイルランドの人々が信仰している宗教はキリスト教である。
 特に、カトリック信徒が全人口の94%を占めており、
 敬虔なクリスチャンである彼らは、
 老若男女を問わず毎週日曜日になると
 ミサに出席するために教会に通う。
 また、バスの運転手が、
 教会の前を横切るときに十字を切る姿も見うけられる。

 また、アイルランドでは
 たくさんのマリア像を見ることができる。
 マリアはケルトの母なる神にも通じるため、
 容易に人々の信仰の対象になったといわれるが、
 現在あるマリア像の多くは、
 大飢饉でアメリカなどの外国に移住し成功した人々が、
 遠く故郷に残した母や先祖を惚んで出身地に建立したもの。

 マリアが神であるか、神に次ぐ存在なのかは、
 古くから論争がある。
 学問的な解釈はさておき、まずは教会を訪ねるといい。
 アイルランドの人々の信仰心は厚い。
 老人はもちろん、若者や子供達にも宗歓心が浸透している。
 日曜日でなくても常に
 何人かの人々が礼拝している姿を見ることができるだろうから。

 しかし、ケルト人の本来の宗教は
 山や大地、川、湖などの神を信仰する自然崇拝だった。
 そんなケルトの民にキリスト教を布教したのが、
 今ではアイルランドの守護聖人になっている聖パトリックである。

 5世紀に聖パトリックによってアイルランドに伝えられたキリスト教は、
 ケルト古来の宗教と融合する形で変化していき、
 今も豊富に残る妖精譚や、輪廻転生の思想などを含む。
  *本来キリスト教には、生まれ変わりという考え方はない。
 大陸とは異なった独特のキリスト教文化を生み出した。


 それは、ケルト十字などにもうかがえる。
 ケルト系の文化圏では普通の十字架に
 円形を組み合わせたものを用いているが、
 この円形は、古来の太陽信仰を表すとも、
 輪廻の思想を表しているともいわれている。

 特にアイルランドでは、
 ハイクロスと呼ばれる2mから2.5m5にもなる
 石造のケルト十字が残っている。
 ハイクロスには、
 ケルト独特の渦巻文様や、聖書の物語が彫刻されており、
 その彫刻の違いを一つひとつ見てみるのもいいだろう。
 ハイクロスはアイルランド各地に残っているが、
 モナスターボイスや
 クロンマクノイズのものが特に有名である。

 また、もうひとつアイルランドのキリスト教の特徴として
 挙げられるのが、修道錠の発展である。
 かつてアイルランドでは多くの修道院が創設され、
 その数は150を超えたといわれている。
 そこでは修道士たちが、
 神のために祈り、労働に従事する生活を送っていた。

 しかし、特筆すべきは学術活動が盛んだったことで、
 当時アイルランドは
 ヨーロッパ世界でもトップクラスの文化水準を誇っており、
 アイルランドは「学者と聖者の島」といわれていた。
 その文化的な遺産は、
 現在では
 ダブリンのトリニティー・カレッジに残る『ケルズの書』をはじめとする
 精巧な装飾写本によってうかがい知ることができる。
 このように栄華を極めた修道院文化も、
 8世紀末から始まったヴァイキングの侵入などによってすたれ、
 ほとんどが廃墟となってしまい、
 現在でも残っている修道院や聖堂は
 ずっと後の時代に建てられたものである。
 それでも、グレンダーロッホには
 かなりまとまった形で中世初期の修道院の遺跡が残っており、
 修道院が栄えた当時を偲ばせている。


 そして、中世を通じてカトリック信仰を守ってきたアイルランドに、
 16世紀になってから悲劇が襲いかかる。
 それは、宗教改革によるプロテスタントの誕生から始まった。
 カトリックとプロテスタント。
 その違いは、
 カトリックが教会とその教義を重視するのに対し、
 プロテスタントは個人の信仰心を重視する。
 それを示すのが秘跡
 秘跡とは、洗礼や結婚を含む、
 クリスチャンの生活では非常に重要なもの。
 カトリックでは7つの大秘跡とたくさんの小秘跡があるが、
 プロテスタントでは洗礼と聖餐のふたつしかない。

 しかし、アイルランドにおける
 カトリックとプロテスタントの関係は、
 単なる宗教問題とはいえないくらい根が深いものなのである。
 というのも、当時アイルランドを支配していたイギリスが、
 国を挙げてプロテスタントになり、
 アイルランドのカトリック教徒を迫害しはじめたからだ。
 それは特に、
 ピューリタン革命のときのクロムウェルによる迫害が有名だが、
  *多くのカトリックを迫害したクロムウェルは、
   アイルランドで最も嫌われている人物のひとり。
 それ以外にもカトリック教徒は公職に就くことができないとか、
 カトリック教徒には選挙権が与えられない、
 カトリック教徒は武器を保有してはいけないなど、
 今から考えても少しひどすぎるのではないか
 と思うほど差別的な法律があった。

 もちろん、このような迫害は、
 カトリックとプロテスタントの教義の違いから行われたのではなく、
 プロテスタントであるイギリスがアイルランドを支配するためという、
 多分に政治的な理由から生じたものである。
 しかしながらこの問題は、
 北アイルランドにおける
 カトリックとプロテスタントの対立にみられるように、
 現在でも尾を引いているのである。
 こういった、過去の悲しい遺産は忘れてはならないものである。
 しかし、21世紀を迎え、EUによる欧州統合のなか、
 カトリックとプロテスタントの対立も
 平和に解決されることを祈りたい。


 アイルランドの祭り
 アイルランドで行われる祭りはほとんどがキリスト教に関するもので、
 普通の日本人にはあまりなじみがないものが多い。
 しかし、祭りこそ、その国の文化や歴史が凝縮されている。


 セント・パトリック・デー St. Patrick Day  3月17日
 聖パトリックの命日。
 聖パトリックはアイルランドヘ最初にキリスト教を伝えた人物で、
 現在ではアイルランドの守護聖人になっている。
 この日は国をあげてさまざまなイベントが催されるが、
 そのなかでも最大の目玉は大パレードだ。
 その光景は何と一面の緑、緑である。
 というのも、このパレードの参加者は緑の服を着て、
 シャムロックを胸に飾っているから。
 緑はパトリックの象徴であり、
 アイルランドを象徴する色なのである。
 この日パレードは世界各地で行われるが、
 やはりダブリンのものが盛大だ。


 <聖パトリックの伝説
 聖パトリックは、
 5世紀にアイルランドでキリスト教を布教した実在の人物だ。
 パトリックはブリテン島に住む
 キリスト教の助祭の子として生まれた。
 しかし、18歳のときに侵入者にさらわれ、
 奴隷としてアイルランドに売られたのである。
 だが、その6年後、
 脱走したパトリックは大陸に渡って聖職者としての修行を積み、
 今度はアイルランドでキリスト教を広めるために、
 自らの意志でアイルランドに戻ったのである。

 そんなパトリックに対するアイルランド人の尊敬の念は、
 豊富に残るパトリック伝説からもうかがえる。
 いわく、聖パトリックはアイルランドの司教としての位を、
 天使を通じて神から直接授けられた、とか。
 また、アイルランドに毒虫や毒蛇のたぐいがいないのは、
 聖パトリックが毒蛇などを追い払ってくれたからである。
  *だからアイルランドはハイキングに最適などなど。

 圧巻は異教の魔術師との対決の場面で、
 毒を盛った杯を凍らす、降る雪を溶かす、
 霧を払うなどの魔法合戦の末に、
 パトリックは相手の魔術師を焼死させるのである。
 ここまでくると、
 もうパトリック自身がキリスト教の聖人なんだか、
 偉大な魔法使いなんだかわからなくなってくる。

 こういった伝説での
 パトリックの活躍(キリスト教ではこういうのを奇跡という)も、
 パトリックがアイルランドの人々の間で
 絶大な人気を誇るゆえんであるといえるのだろう。


 シャムロック 国のシンボル。
 この三つ葉のクローバーのような草は、
 パトリックがタラの王
 キリスト教の三位一体を説明するのに用いたといわれ、
 現在でもパトリックを象徴する草である。
 だから、3月17日の聖パトリックの祝日には、
 胸にシャムロックを飾って祝うのが習慣となっているのだ。


 イースター Easter(2OO3年では、4月20日)
 復活祭ともいい、イエス・キリストの復活を祝う、
 キリスト教ではクリスマスと並ぶ重要な祭り。
 イースターの日曜日と、
 翌日の月曜日(この日も休日)にかけて盛大に捉われ、
 人々はめいめい着飾ってミサヘ行き、夜はパーティになる。
 イースターで有名なのは、
 かたゆで卵を派手に色づけしたイースターエッグ。
 この卵、パーティの食卓にものぼるが、
 子供たちはこの卵で、「卵探し」や、「卵転がし」といった遊びをする。
 ちなみに、イースターは年によって日付が違うので要注意。


 オレンジ・マーチ Orange March フ月12日
 オレンジ・マーチは、
 プロテスタントのイギリス王ウィリアム3世(もとオレンジ公)が、
 1690年のこの日に「ボイン川の戦い」でカトリック軍を破ったことを記念して、
 北アイルランドのプロテスタントが行うパレードである。
 このパレードがプロテスタントとカトリックの衝突になることが多々あり、
 あまり無邪気に捉える祭りではない。
 ただ、ある意味でアイルランドの歴史を如実に表している。


 ハロウィン Halloween lO月31日
 万聖節前夜祭ともいい、キリスト教の諸聖人を祝う日の前夜祭。
 本来は死者の霊を迎え、悪霊や妖精を払うケルトの祭りだった。
 そのためか、この日はとりわけ幻想的な光景が繰り広げられる。
 家々の前には顔の形にくりぬいたカボチャの提灯が飾られ、
 お化けの格好に仮装した子どもたちが、
 ‘Trick or Treat'(お菓子くれないといたずらするぞ)と言いながら、
 各家を回るのである。


 クリスマス Christmas 12月25日
 すっかり日本でも定着した感のあるクリスマスだが、
 キリスト生誕を祝うとても大切な祭り。
 とはいえ、
 イヴにはパーティを開き(ただしメインディッシュはガチョウか七面鳥)、
 プレゼント交換をするのは日本と同じ。
 日本と違うのは、この日はちゃんとミサに行<ところだ。



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