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   中南米の古代文明



 中南米の文明については、
 単なる「つまみ食い」に終わってしまう傾向がある。
 しかし、トウモロコシ・サツマイモ・ジャガイモ・トウガラシや
 アボガドなど、
 今日でも世界的に家庭の食卓に乗る料理素材の栽培開始は
 この文明にある。


 1)古アメリカ文明
 アメリカ大陸には,ベーリング海峡がまだアジアと地続きであった古い時代に,
 モンゴロイド系の人々が渡来し,独特の農耕文化を持つ集落を形成した。
 前6千年紀以降には、
 メキシコからペルーにかけてヒョウタン・カボチャ・インゲン豆や
 トウガラシ・アボガド・グァバなどの果実がつくられ、
 前4千年紀にはトウモロコシや綿が、
 またメソアメリカではトウモロコシを主作物とする農耕村落が各地におこり、
 かくして前1200ころメキシコ湾岸の低地にオルメカ文化がおこり、
 巨大な土盛基壇や石彫・翡翠細工などをともなう宗教的中心が形成された。
 さらに、紀元前後には、マヤ・テオティワカンなどの都市文明が発達した。
 いずれも神殿を中心とする宗教都市で、神権政治が行われたと考えられている。

 前1000年ころ、ペルーではチャビン文化が神殿・石彫・金細工などをともなう
 宗教的中心が各地におこり、アンデス文明の基礎がつくられた。
 アンデスでは、海抜3000m以上の高地でジャガイモなどのイモ類の栽培や、
 アルパカやラマの牧畜も開始され、
 また山間の谷間ではマニオク(キャッサバ)・サツマイモ・ピーナツなども栽培された。

 前1世紀になると、ボリビアの高原地帯にはティアワナコ、
 ペルーの海岸砂漠にはモチーカ・ナスカなどの都市文明が発達した。

 以上のように、古アメリカ文明は、
 上記の作物をつくる集約農業と交易や再分配などの流通の仕組みの上に成立し、
 都市文明(国家)の成立を促し、工芸や建築に独創性が発揮された。


 2)メソアメリカの都市文明
 a)マヤ文明
  今日のグアテマラ・ペリセ、メキシコのユカタン州など。
  300~900年ころを古典期、
  900~16c初を後古典期とする。
  担い手はマヤ語系の諸民族で、オルメカ文化の影響の下に、
  焼畑によるトウモロコシ農耕を主とした。
  都市には神官、政治・軍事指導者、工芸の専門家等が居住、
  周囲の森林に点在する農民を支配する統合して、
  諸都市国家を形成した。
  ピラミッド状の神殿,二十進法(点と棒による数の表記法),
  1年を365日と260日の周期とする精密な暦法,
  複雑な文字などを持つ独自の文明を発達させた。

 b)アステカ文明
  北方の狩猟民族であったアステカ族は、
  12世紀なかごろからメキシコ高原に進出し、
  やがてテノチティトランを首都とし
  15世紀以来強力な帝国を建設した。
  彼らは父系氏族社会を形成し、象形文字や彩文土器など,
  古代オリエントと似かよった文明をうみだした。

 3)中央アンデス・インカ帝国
  中央アンデスの都市文明以来,
  潅漑によるトウモロコシの栽培が普及し,
  大小の王国が興亡したが,
  15世紀後半にはエクアドルからチリにおよぶ
  広大なインカ帝国が成立した。

  マヤやアステカ文明と同様,
  インカ文明も鉄器は知らず、金・銀・青銅器を用いた。
  また、馬・牛・ラクダなどの大型家畜はなく,
  車の使用も知られていなかった。
  また文字はなかったが,独特なキープ(結縄)によって記録をつくった。

  ここでは太陽の崇拝がおこなわれ,
  国王(インカ)は太陽の子として,
  司祭の長、軍事・政治・裁判の権力者であった。
  土地は、太陽神のもの・国王のもの・人民のものに分けられていた。
  海岸地方では、死体をミイラとして埋葬した。
  石造建築が盛んで、
  城壁には長さ12m・幅6m・厚さ2mくらいの巨石が使われ、
  高さ15mにおよぶピラミッドも構築された。


 4)滅亡
 スペインの王室は,
 「征服者たち」(コンキスタドレス)のひきいる軍隊をおくりこみ,
 これらの古い文明を持つインディオの諸王国をほろぼした。
 
 まずコルテスが1521年にアステカ族を破ってメキシコを征服し,
 ついで33年,ピサロがインカ帝国の内輪もめに乗じてこれをほろぼし,
 首都クスコを劫掠したのち,あたらしい首都リマを建設した。

 先住民がたちうちできなかったのは,
 スペイン軍の火砲の威力と機動力に富む騎兵であった。
 生産費の安いラテンアメリカの貴金属,
 とりわけ1545年,ボリビア南部のポトシ銀山が発見されて以来,
 銀が大量に流入したことは,
 ヨーロッパの物価を2~3倍にひきあげるという現象(価格革命)となった。

 スペインの征服活動により、
 かなり高い文化を築いていたと思われる中南米の文明は壊滅した。
 スペイン人侵入以前のメキシコ高原の約150万人のインディオは、
 1650年ころにはわずか7万人に激減。
 アンデス地方の人口はインカ帝国期に1100万人、
 それが1570年には150万人となったという。
 世界史上まれにみる文明の破壊であったことが分かる。


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