ギリシア悲劇について

 一般にギリシア悲劇は、王や英雄たちの栄光と悲劇を扱うことで、
 神々に比すべき王や英雄も、やがては人間としての限界を思い知らされて、
 忌まわしき悲運によって没落せざるを得ないことを物語る。

 そして、悲劇の主人公たちは栄光と没落の中で自らの人生の意味を悟り、
 人生の意味を悟った彼らに対して、神々は最終的に赦しを与えることになる。
 おそらく、悲劇作品を観劇する古代ギリシア人たちは、
 神のごとき王や英雄の生き様に自らの人生と運命をなぞらえて、
 最終的な救いと赦し、癒し(魂の浄化・カタルシス)を得ていたのであろう。

 ギリシア悲劇の中心的な題材となったのは、
  ①テーバイ王家にまつわるオイディプス王の悲劇。
  ②タンタロスを祖とするミュケナイとアルゴスを統治した
   アトレウス家にまつわる「アガメムノン王の悲劇」である。



  テーバイ王家の悲劇

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     王家の繁栄  オイディプス


 テーバイ王家の伝承は、呪われた王家の物語として、
 古代ギリシア古典期(紀元前五世紀)に活躍したギリシア三大悲劇詩人、
 アイスキュロス、ソフォクレス、エウリピデスによって、格好の題材とされた。


 1、カドモスによるテーバイの建国

 カドモスは、フェニキアの王家の出自であった。
 フェニキア王アゲノールと王妃テレパッサの間に、3人の息子、
 カドモス、ポイニクス、キリクスと、娘のエウロペがいる。

 ある時、浜辺で遊んでいたエウロペがゼウスに連れ去られた。
  牡牛変身したゼウスの背に乗ってクレタ島に連れ去られたエウロペは、
  そこでミノスを生む。
  *クレタ島のミノス王の家系の由来(ミノタウロス伝説へ)。

 行方不明になった彼女をアゲノールは「見つけ出すまで帰るな」と命じて、
 3人の息子を捜索に出す。
 3人の息子たちは、見つけることができずに帰国できないでいた。
 ポイニクスはフェニキアに、キリクスはキリキア(*地名説話)に、
 カドモスは母テレパッサと一緒にトラキアに住んでいた。

 その後、母を亡くしたカドモスは、デルフォイのアポロン神の神託所に赴き、
 エウロペの行方について問う。
 アポロンの神託は、
 <彼女の捜索をやめて、代わりに一頭の雄牛の後をついて行き、
  その牛が疲れ果てて倒れたところに都を建てよ>と。
 ここが、テーバイの地となる。

 やがて、神託どおりにことが進み、倒れた牛を女神アテナに捧げるために
 カドモスは軍神アレスの泉に水を汲みに従者をやる。
 しかし、従者は泉を守る龍に殺され、怒ったカドモスはこれを退治した。

 そして、女神アテナの言葉にしたがって龍の牙を大地に播いたところ
 地中から武装した兵士達が次々に生えてくる。
 カドモスが殺しても殺しても彼らは生えてくるが、
 やがて、アテナの助言を得て、彼らの間にカドモスが石を投げると、
 彼らは互いに殺し合いを演じて、最後に5人だけが残る。
  *類似の説話が「アルゴナウタイ」の英雄イアソンの物語にある。

 この5人がテーバイ王家を支える貴族の祖となるが、
 カドモスはアレスの龍を殺した罪のため8年間アレスに仕え、
 その後、5人の戦士の助けを得て都市を建設して王となる。


 2,王家の繁栄

 カドモスは、アフロディテとアレスの間に生まれたハルモニアと結婚し、
 5人の子を授かった。
 カドモスは人々を啓蒙し、耕作技術や鉱山開発などを普及させ、
 フェニキア人の発明したアルファベットを取り入れた。
  *ここにも古代ギリシア文化の基礎に
   シリア・フェニキア文化の移入・影響があることが分かる。

 カドモスの力でテーバイは強大な王国になった。
 しかしながら、神々に祝福されて結婚したカドモス王の子のうち4人は女で、
 彼女たちの運命は悲惨であった。

 ・セメレ :ヘラの嫉妬による陰謀で、愛人ゼウスの放つ光と熱で、
   体を焼き尽くされてしまう。
   ゼウスは、身籠もったセメレから胎児のディオニュソスを取り出した。
   *葡萄酒の神ディオニュソスの出生伝承の一つ。

 ・アウトノエ :息子のアクタイオンがアルテミスの聖なる泉で彼女の裸身を見たため、
   アルテミスの怒りにふれて、
   鹿に変えられ、飼っていた猟犬に食われるという憂き目に会っう。

 ・イノ :セメレが生んだディオニソスを引き取って育てたため、
   ヘラの怒りを買い、精神を病みついには自殺させられる。

 ・アガウエ :息子のテーバイ王ペンテウスを自らの手で八つ裂きにしてしまう。
   これは、ペンテウスにテーバイ入国を拒まれたディオニソスが、
   復讐のために、アガウエに取り憑いた末のことであった。


 3,アガウエの息子ペンテウスは、厳格な王として節制を重んじ、
 蓄財に励み、郊外に新たな農地を開拓し、市場を整理し、テーバイの繁栄に努めた。
 けれども、在位が長引くにつれて、節約奨励は市民の贅沢の禁止となる一方で、
 王自身の贅沢三昧がやがて民衆の怨嗟を受けるようになった。

 彼はまた、テーバイの守護神ゼウスの神殿への信仰税を取り立てていた。
 ゼウスは、ペンテウスを懲らしめるため、ディオニュソスを送る。

 エウリピデスの作品『バッコスの信女』が伝える伝承によると、
 ディオニュソス神に狂わされたアガウエ(バッコスの信女)は、
 <生贄の獣>として息子ペンテウスを殺してしまう。


 4,ラブダコス朝(オイディプスの家系

 ペンテウスの家系からやがてテーバイ王家を引き継いだのは、
 カドモスとハルモニアの直系の孫、成長したラブダコスであった。
 そして、この家系から、ライオスオイディプスが出る。

 ライオス
 テーバイ王となったライオスは、即位と同時に妃を迎えるが、
 数年後、身ごもった妃は夜毎怪しい悪夢に悩まされ病みつき、
 産み月に至る前に死ぬ。
 次の妃も、宮廷内の池(人工の浅い泉)で溺死する。

 相次ぐ不吉な妃の死にもかかわらず、
 3度目の結婚を望んだライオスは、若いイオカステを娶り、
 彼女が妊娠すると、デルフォイの神託を仰ぐ。
 アポロンの神託(ピュティアの託宣)は、
 「王の命は息子によって奪われる。王位は王の血で汚され、
  その血を洗うために再び血が流れるであろう」という。

 ライオスは、イオカステが男の子を産むと、
 秘かに赤ん坊を殺そうと牧人に赤ん坊を渡す。
 王命を受けた牧人は、殺すに忍びず荒縄で赤ん坊の足を括り、
 傍らの樹木に縛ってぶら下げた、野獣がこの子を喰い殺すであろうと。
 通りかかった農夫がこの捨て子を見つけ、縄で括られた足が腫れあがっていたことから、
 「オイディプス(腫れ足)」と名付け、そしてコリントスの王妃に託した。

 オイディプスにかけられた呪いの元は、父ライオスにある。
 ライオスは若い頃、アトレウス家タンタロスの孫、
 クリュシッポスに同性愛を迫った。
  *タンタロスが神々に料理して出した息子ペロプスは甦った後に、クリュシッポスをつくる。
 その結果、クリュシッポスは屈辱のあまり自殺し、
 息子を溺愛していたペロプスは怒ってライオスに呪いをかけたのであった。


 オイディプス王の悲劇(後ろに掲載)


 5,その後のテーバイ王家(『テーバイ攻めの七将』)

 しかしながら、哀れなことにオイディプスが自らの目を潰して放浪の旅に出ても、
 呪いは浄化されなかった。悲劇は近親相姦の結果生まれた子たちにも及ぶ。

 オイディプスがテーバイを去った後、
 王位はペンテウスの子孫で、イオカステの兄のクレオンが継ぐ。
 やがて、オイディプスの二人の男子が成長すると、
 クレオンは王位を譲り、兄弟は1年ごとに王座につく約束になった。
 しかし、実際は、弟のエテオクレスがその座を独占してしまう。

 兄ポリュネイケスはこれに腹を立て、
 アルゴス王など7人の勇者の支援を受けて、弟に戦いを仕掛ける。
 激戦の末、決着は兄弟の一騎打ちとなるが、二人は差し違えてともに死ぬ。
 再び王となったクレオンは、弟エテオクレスの遺体を丁重に葬るが、
 結果として反逆者となった兄ポリュネイケスの遺体は放置されたままにされて回収は禁じられ、
 背く者は死刑と宣告された。

 野ざらしとなったポリュネイケスの遺体を、死を覚悟して回収したのは、
 かつてオイディプスの放浪の旅を支え、彼の死を看取った王女アンティゴネだった。
 捕らえられたアンティゴネは、死刑の前に自殺した。
 アンティゴネの死を悲しんだ婚約者のハイモンも自殺する。
 彼はクレオンの息子であった。
 ついで、クレオンの妻も息子ハイモンの死を悲しんで自殺してしまう。
 かくして、テーバイ王家の血は断絶したのであった。



 オイディプスの悲劇

 コリントスの王子として成長したオイディプスは、
 二度と国に帰らぬつもりで、供も連れず旅に出た。 
 デルポイのアポロン神の神託が、
 「おまえは父を殺し、母を妻とするであろう・・」
 と、巫女を通して告げたからであった。

 テーバイに来る途中、山道で左手は谷底、
 右手はそそり立つ崖というすれ違うことができない細い難所に出た。
 向こうから従者を連れた、中年の風格ある男がやって来た。
 男がオイディプスに高飛車なもの言いで道を譲るように言い、
 オイディプスは腹を立て、互いに喧嘩腰になった二人は、とうとう剣を抜き、
 オイディプスの剣は相手の胸を貫き相手は谷底に落ちた。

 テーバイに向かうオイディプスの前に、道が二手に分かれている。
 「左、テーバイまで一日。右、テーバイまで半日。ただし危険あり」と立て看板があった。
 ためらわず右の道を通ったオイディプスの前に、
 顔がハッとするほど美しい女で、翼を持ち、体が巨大な獅子という妖怪スフィンクスが現れた。
  *スフィンクスについて後ろに掲載。
 
 スフィンクスは、これまで誰も解けずこの妖怪の餌食となった、謎を出す。
 「朝には4本足で歩き、昼には2本足、夕には3本足になる生き物は何か」と。
 オイディプスは、
 「それは<人間>だ。赤子の時は手足を使って4本足で歩き、
  成人すると2本足、老人になったら杖をついて3本足になるからな。」と、答える。

 謎と解かれたスフィンクスは、岩の上から真っ逆さまに落ち、頭から血を流して息絶える。

 テーバイに着いたオイディプスは、人々から歓迎を受ける。
 摂政クレオンの布告、
 「妖怪スフィンクスを倒した者には、この国の王位と先王の妃イオカステを与える」
 という布告が町中に出されていた。
 先王ライオスは、どこかにお忍びで出向く途中、何者かに 殺されたという。

 こうして、オイディプスは、テーバイの王位と妃を同時に手に入れることになった。
 オイディプスは婚礼の祝宴が終わって、先王の妃イオカステと臥所に入る。
 母子ほどに年の差はあっても、イオカステは若さを保ち美しい。

 イオカステはすでにベッドの上に座り、新たな夫を待っている。
 体のすべてが透けて見えそうな薄物をまとい、
 豊かな黒髪を背に解きほぐし、薄化粧を施して・・

  オイディプスはベッドに上がり、うつむくイオカステの顎をとらえて、
  自分の方に向けさせた。
  イオカステが年の差を気にすると、
  「おまえは十分若い、ここも・・」と言いつつ、
  オイディプスはイオカステを横たえ、その甘くかぐわしい唇を優しく吸った。

  「ここも」、新たな王となった男の手は、寝衣の中にもぎり込み、
  イオカステのまだ弾力を失わない乳房を覆い、静かに揉みしだいた。

  「そしてここもだ」、手は乳房から離れ、下へ・・。
  そこには早くも潤った秘密の泉があって、
  オイディプスが指を差し入れ、敏感な場所をつまむと、
  イオカステは小さく甘く、喘いだ。
  「ああ、そこは・・」

  オイディプスの指の動きが速くなり、
  それにつれて王妃の喘ぎは次第に大きく高くなっていく。

 やがて、王は、王妃の寝衣をすべて脱がせ、
 燭台の明かりに浮かび上がるその白い裸身を眺めた。
 彫刻のように均整がとれたその美しい体は、
 これまで夜ごとむさぼったであろう先王の手が感じられない、
 生娘のような清潔さを保っていた。

  見つめるうちにオイディプスはたまらなくなり、
  イオカステの足を持ち上げて大きく開かせると、
  淡い茂みに顔を埋めた。
  彼の舌と唇の動きにつれて、王妃の上半身はくねり始め、
  切なそうに息を継ぎながら、
  王妃はとぎれとぎれにささやく。
  「あ、あなた。きて・・」。
  彼が体を重ねると、待っていたかのように
  イオカステの足がオイディプスの腰にからみつく。

 オイディプスが王となって十数年が過ぎ、妻との間に二男二女をもうけていた。
 この平和な日々に影が差し始めた。
 突然の天候不良による飢饉、そして疫病ペストの大流行。
 何の祟りか?
 やがて、オイディプスの出自を疑う声も出る。
 <彼は流れ者、他国で神を冒涜するような真似でもしたのか?>と。

 オイディプスは、デルポイのアポロンの神託に伺い、
 「先王ライオスを殺した者を追放せよ。
  さもなくば、テーバイにかけられた呪いは、永遠に続く」と告げられる。
 人をやり調査をするオイディプスには、
 調べれば調べるほど、自らに疑いがかかる、
 先王ライオスを殺したのは自分だったかと。

 イオカステの方では、仮にライオスを殺した男が夫オイディプスであったら、
 それはさらに恐ろしい真実を暴くことになることを畏れる。
 かつて、夫ライオスにデルポイの神託が、
 「おまえは自分の息子に殺される運命にある」と告げていたのを
 彼女も知っていたからであった。

 イオカステはオイディプスに彼の出自を聞く。
 彼は答えて、
 「コリントスの王子であった。しかし、おまえはいずれ父を殺し、
  母を娶るというおぞましい神託が下されたために国を捨てた」と。

 イオカステは、人をコリントスにやると、
 王子はコリントスの王と王妃の実子ではなく、山で拾われたことが分かる。
 蒼白となったイオカステは、オイディプスに真実を打ち明ける。
 そして、彼女は自室に戻り自殺する。

 オイディプスは、イオカステの死体を見ながら、
 「すると、私は実の父を殺し、実の母と臥所をともにしていたのか」
 母とは知らず、あの白い肉体に溺れ、四人もの子をなした。

 知らなかったとは言え、<実の父を殺し、実の母と交わった>ことに、
 「見てはならぬものを見てしまった」「知ってはならぬことを知った」と、
 短剣でいきなり右目をえぐり、返す剣で左目もえぐってしまった。
 そして、オイディプスはテーバイを去る。

 ライオスに下された神託、オイディプスに下された神託は、こうして実現した。
 この悲劇では神託(神の意志)から逃れられない人間の運命と、
 勇気と知力にすぐれたオイディプスの意志との葛藤を悲劇として描いたものである。
 神ならぬ人間が、神託によってもたらされる災いから逃れようと、
 いくらもがいても所詮は無駄であった。
  *)この悲劇に着想を得て現代の精神分析学を創始したフロイトは、
   人間の無意識下に働く衝動を理論化した。 


 テーバイを追われた盲目のオイディプスは、
 娘のアンティゴネとともに、放浪の旅をした。
 時には、彼の呪わしい過去を知るものに石を投げつけられながら。
 やがて二人は、アテナイ近くのコロノスという村で、
 神の手で自らにかかった呪いを清められ、
 アンティゴネに見守られながら、静かに息を引き取った。


 神々の意思・神託に翻弄されて、
 肉親殺しと近親相姦の罪を犯したオイディプス王の悲運が物語られている。
 オイディプスの栄光と没落(3部作の1・2作)、
 次いで彼の罪の赦し(3部作の最後の作品3は魂の癒し扱う)によって、
 オイディプスの悲劇は、古代ギリシアの観客、
 さらに今日の世界の観客にも感動を呼ぶものとなっている。



 *スフィンクスとは
  ヘシオドスでは、ポントスの系譜のエキドナと怪犬オルトロスの子。
  その他に、テュポンとエキドナの娘、あるいはオルトロスとキマイラの娘などの説がある。
  エチオピアから飛んできたとされるスフィンクスの姿は、
  人間の女の頭、獅子の胴体、蛇の尾、鷲の翼を持つという。
  この怪物が作られたのは、ある研究者によると
  ・3体からなるテーバイの月の女神を描いた図像を元にする。
   獅子は月の満ちる時期。蛇は月の欠ける時期。
   それは、テーバイの暦年の2つの時期に当たる。

  スフィンクスの謎の異説。
  「声は一つ、足はときに2本、ときに3本、またときに4本あって、
   一番多いときには一番弱いもの、これは何か」
  これも、3体からなる月の女神を拝む、幼児、戦士、老人の絵を
  説明するために考え出されたものという。

  スフィンクスがテーバイに来た理由は、
  ライオスが少年クリュシッポスを誘拐したことを怒った
  女神ヘラが、テーバイを罰するために送ったともいう。