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  古代インド思想



 インド社会については、意外にわれわれも知らないことが多い。
 例えば、われわれのイメージでも、
 すぐに「インドの近代化を阻害するカースト制度」ということが浮かび、
 マイナスイメージ(現代の飢餓、貧困、伝染病、暴動など)が先行する。
 しかし、かつて古代の日本人にとっては仏教発祥の地として憧憬の地であったし、
 現代のわれわれにとっても、
 おそらく最も刺激的にカルチャーショックを体験する(できる)世界であろう。
 こうした、両面を備えたインドおよびその文化について伝えることには、むずかしい。


 1、インド亜大陸、インドの多様性

 地図帳等によって地勢的(また、地政的)な理解を確認することが重要である。
 プレート・テクトニクス理論によれば、
 インド亜大陸はユーラシアプレートに激突して、
 ヒマラヤ山系などの世界の屋根をつくった(現在もつくっている)。
 この結果、地勢的なインド亜大陸の安定性も生じた。
 インド亜大陸の総面積は449平方キロで、日本の約12倍、
 ロシアを除くヨーロッパの面積にほぼ等しい。

 古代インドの歴史の中で亜大陸のほぼ全域(南端部を除く)を支配したのは
 マウリア朝だけであって、このマウリア朝こそインド仏教の最盛期にあたる。

 インドの多様性は、
 例えば現在の「インド共和国」の言語の多様性を知ることで理解することができる。
 現在(1997年)、25州・6直轄地及び首都からなり、
 18の言語が公式に認められている。

 そして、多くの州が言語別に編成されていて、
 州境が変われば、言語が変わり文字もしばしば変わる。
 例えば、ドラヴィダ語系のタミル語の話されるタミルナードゥ州のマドラスから、
 同じドラヴィダ系のカンナダ語の話されるカルナータカ州に入ったとたん、
 言葉も文字も違ってしまう。
 同じドラヴィダ語系でも、方言の違いというよりも
 言語が違うということを理解する必要がある。

 北インド中部で話される「ヒンディー語」が最大人口(共和国全体の公用語)で、
 インド・アーリア系の言語が人口の約70%、
 ドラヴィダ系24%、
 モン・クメール及び同系統のオーストロアジア系の言語が
 山岳・丘陵地帯の少数部族によって話され、
 また、チベット・ビルマ系の言語が北と東北の辺境地帯で話されている。
 この後者の両系統の言語を話す人々が、亜大陸の先住民族の子孫といわれる。

 インドの公用語・ヒンディー語(話者は4億人を超える)とは
 国際語(ヘレニズム時代のギリシア語・コイネーのように)と言った方がわかりやすい。
 また、皮肉なことに、インド全域では
 知識階級を中心として通用するのは植民地時代からの英語で、
 準公用語として認められている。


 2、天啓聖典「ヴェーダ」の成立
  アーリア族のインド侵入。
   *「アーリヤ」は「高貴な人々」を意味する自称。
    肌の黒い鼻も低い先住民を「ダーサ」(もしくは「ダスユ」)と呼び、差別した。
  
  ヴェーダは聖仙(リシ)が神秘的霊感によって感得した
  『天啓聖典』(シュルティ)と呼ばれる。
  また、神や人など人格的作者を持たないから作られたものでない以上
  滅びることもあり得ない「無始無終」で「無謬」のもの、という。
  古い順に
   1)サンヒター(本集)、2)ブラーフマナ(祭儀書)、
   3)アーラニヤカ(森林書)、4)ウパニシャッド(奥義書)からなるが、
   狭義にはサンヒターのみを指す。

  サンヒターは、
  『リグ・ヴェーダ』(賛歌)、
  『サーマ・ヴェーダ』(歌詠)、『ヤジュル・ヴェーダ』(祭詞)、
  『アタルヴァ・ヴェーダ』(呪詞)からなる。

  『リグ・ヴェーダ』は、約1000の歌、
   アーリア族のインド侵入後、
    *「アーリヤ」は「高貴な人々」を意味する自称。
     肌の黒い鼻も低い先住民を「ダーサ」(もしくは「ダスユ」)と呼び、差別した。
   <内容>
   ・「プルシャ賛歌(スークタ)」
    千頭・千眼・千足の巨人。
    この原人プルシャを神々が犠牲獣として祭祀を行い、
    その身体の各部分から世界が発生した。
    4「種姓」(ヴァルナ)は、
    プルシャの口からブラーフマナ(バラモン婆羅門)が、
    腕からラージャニヤ(クシャトリヤ)が、腿からヴァイシャが、
    足からシュードラが生まれた。
   ・「ナーサッド・アーシーティヤ賛歌」(無非有歌)
    「タッド・エーカム」(かの唯一物)という中性名詞で呼ばれる「存在」から
    全宇宙が展開した、という一元論的な宇宙観。
    しかも、この中性形の存在は呼吸する生命体としても述べられる、
    形而上学的原理がそのまま具体的・人格的な存在でもあるという、
    インド思想の典型がすでに現れている。
   ・「リタ」(天則)
    自然、祭式、道徳などを貫く秩序原理。「リトゥ」(季節)と語原が同じ。
    神々は一つの神の異名にほかならない。
    また、「唯一なるものを賢き人々は種々に呼びなす」など、一元論的傾向がある。
     *ヴェーダの神々は、33神ないし3339神を数えるが、
      その神の賛歌では最高級の讃辞で最高神の扱いとなることから「単一神教」、
      また、主神が祭祀のたびに入れ替わることから「交替神教」とも言われる。
   前1200~1000年ころパンジャーブ地方で成立(これを前期ヴェーダ時代)。

 3,後期ヴェーダ時代
   前1000~800年ころ、ガンガー・ヤムナー平原に進出し、
   他の3サンヒターとブラーフマナが成立。
   鉄の使用、小麦・水稲栽培、農耕生活へ
   神々の威信低下とともに、霊魂不滅の観念と輪廻転生の理論が表面に出る。
   ヴェーダ祭祀の重視、祭式の呪術的効果の強調から
   バラモンの特権的地位の確立
   また、カースト制の形成へ 
   ヴァルナ制と数々の職能的な外婚集団(ジャーティ)に細分化されていく

   前800~前500年ころ、
   ガンガー中流域で「ウパニシャッド(古ウパニシャッド)」成立。
   ウパニシャッド
   「ヴェーダーンタ」(ヴェーダの「集結部」(アンタ))ともいう。
   祭式重視から知識重視、
   輪廻からの解脱のための思索や瞑想の重要性が増す。
  「梵我一如の思想
   「大聖句」(マハーヴァーキヤ) 断案文句
    「ブラフマンは知である」(アイタレーヤ・ウパニシャッド)
    「このアートマンはブラフマンである」(マーンドゥーキヤ・ウパニシャッド)
    「汝はそれである」(チャーンドーギヤ・ウパニシャッド)
    「われはブラフマンである」(ブリハッダーラニヤカ・ウパニシャッド)



   また、自由思想家たちの登場
   シナ・チベット系、ドラヴィダ系などの非アーリヤ系先住民との混血が進む。
   ガンガー中流域(本流・支流)に都市(「ナガラ」)の発達。
   「沙門」(シュラマナ):努め励む人、が現れる。
   世襲のバラモン(ブラーフマナ)に対して、修行にいそしみ民衆に説法する。
   彼らの中には、ヴェーダの権威を認めず、
   業(因果)の理法を否定し、神の存在を認めず、
   霊魂不滅や来世の存在を疑う者もいた。
   総称して、「ナースティカ」(「ない」と唱える者たち)と呼ばれ、
   インド哲学の非正統派の流れを形成する。
   *正統バラモン哲学を「アースティカ」(「ある」と唱える者たち)と呼ぶ



 4,紀元前後に正統バラモン哲学が成立
  「ダルシャナ」(見解)から3グループ。
   1)
   ヴァイシェーシカ学派は、
   自然哲学、多元論、物質を無数の「アヌ」(原子)から構成されているものとみなし、
   アヌの集合と離散を用いて世界を解釈する。
   また、ニヤーヤ学派は、実在論。独自の論理学。
   有神論に近づき、推論を駆使して主宰神(イーシュヴァラ)の実在性の証明を試みた。
   両派をあわせて「ニヤーヤ・ヴァイシェーシカ」という。

   2)
   サーンキヤ学派は、実在論で、多数の霊魂(個我)の存在を認めるが、
   宇宙の根本原理として精神と物質を立てる二元論。
   あらゆる結果は根本物質の中に潜在し、
   世界の創造はそれが開展し顕在化すること(因中有果論または転変説)。
   霊魂が物質との結合を離れたとき、
   現象世界が消滅し輪廻の生存が絶たれ解脱が実現する。
   また、ヨーガ学派は、最高神の存在を認めるが、
   霊魂を物質から分離し解脱を実現するために、
   厳しい自制と精神の統一を強調、ヨーガによる瞑想を勧める。
   両派を「サーンキヤ・ヨーガ」と呼ぶ。

   3)
   ミーマーンサー学派 祭儀書ブラーフマナを重視。
   ヴェーダ聖典の本質は「教令」にあり、
   ヴェーダの目的は人に宗教的「義務」(ダルマ)を果たさせることにある。
   祭祀を行えば天界の果報を得るが、果報は祭祀の実行の「効力」による。
   神や供物は祭祀の道具立てにすぎず、祭祀の実行が重要。
   世界認識は、多元論的実在論。

  やがて、インド思想の主流となるヴェーダーンタ学派では、
   *前1世紀頃、『ブラフマ・スートラ』(「シャーリーラカ・スートラ」とも)が成立。
   ウパニシャッドと『ブラフマ・スートラ』、『バガヴァッド・ギーター』の3つを
   「もっとも重要な拠り所」(プラスターナ・トラヤ)とみなす。
  シャンカラによる「不二一元論」(アドヴァイタ)が有力となった。
  シャンカラによれば、
  ブラフマン(宇宙の最高原理)は有・知・歓喜を本質とし、
  非人格的かつ無限定・「無属性」(ニルグナ)であり、
  このブラフマンがアートマン(自己の本性)に他ならないことを悟り、
  最高の「智慧」(明知ヴィディヤー)を得たとき輪廻からの解脱が達成できるという。
  この無属性のブラフマンのみが実在し、
  現象界は「迷い」(無明アヴィディヤー)によって
  仮に現れている幻にすぎない(仮現説または化現説)。
  この説は、当時、ヴィシュヌ神の信徒たちを中心に有力となっていた、
  根本原理を「属性を有する」(サグナ)ブラフマン(主宰神)と規定して
  世界に一定の実在性を賦与する立場と相反していた。
  また、この学派では、この現象世界が成立・展開する根本原因を探求する。
  この世界原因は、質料因と動力因の二つが考えられ、
  この二つを別のものととらえれば二元論になり、
  異ならないと考えれば一元論になる。
  この唯一の世界原因を非人格的な中性原理とするか
  人格的存在(神)とするかで、
  「不二一元論」と有神論的ヴェーダーンタ思想の違いが生じる。
   *この学派は、正統派中の正統派であり、
    現在でもバラモンの大多数はこの系統の哲学説を奉じている。


 <参考
 1)聖典類の成立・編纂の完了
  聖仙が<著した>もの「スムリティ」(聖伝文学)とされ、
  「シュルティ」(天啓文学)に次いで権威あるものとされた。
  2大叙事詩『マハーバーラタ』や『ラーマーヤナ』、
  「ダルマ・シャーストラ」(古法典)の『マヌ法典』や
  『ヤージュニャヴァルキヤ法典』、
  主要なプラーナ(古譚)文献の編纂なされる。

  ダルマ・シャーストラ文献は、
  ヒンドゥー教徒に生活の指針を与えるもの。
  各ヴァルナの義務や職業、通過儀礼(サンスカーラ)、行動様式が
  バラモン中心主義的な見地から事細かく規定され、
  違反した場合の罰則、浄化儀礼、贖罪法なども定める。

  ヴァルナごとの内婚の規定も徹底。
  また、四住期(アーシュラマ)と呼ばれる再生族(ドヴィジャ)の男子成員が
  歩む人生モデルも示す。

  人生は全体としてブラフマン(梵)の探求に向けられ、
  ヴェーダの学習にいそしむ少年期(梵行期)、
  家庭生活の時期(家住期)、家業を離れ森で暮らす時期(林棲期)、
  遍歴して解脱を求める時期(遊行期)の4段階を示す。

  再生族:上位3ヴァルナの総称。
  母胎から生まれたあと、一定の年齢に達したときに
  師について「入門式」(ウパナヤナ)を受け
 「聖紐」(ヤジュニョーパヴィータ)を得る。
  これが第2の誕生で、再生族の意味。
  シュードラ階級は「一生族」(エーカジャ)と呼ばれ差別された。

  グプタ朝期に確立したヒンドゥー教は
  論理学・認識論・形而上学・救済論を備えた哲学・神学大系や
  厳格な身分秩序(ヴァルナ制)および詳細な生活規定とをもって、
  その後のインド社会と精神文化を今日に至るまで有形無形に、
  幾重にもわたって律していくことになった。



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