ギリシア哲学概観
      ・・ミュトスからロゴスへ


 1)自然哲学
 ソクラテス以前の哲学は、
 ハイデガーによる研究によって近年その重要性が認識されてきた。

 ギリシア人にとって自然(フュシス)とは、
 今日の我々の自然観と違い、
 神々や人間を含めたすべての存在するもの、
 要するに万物を指し示していた。
 そして、最初に成立した自然哲学では、
 哲学者(フィロソフォス)たちは、
 万物の根源(アルケー)を求めた。


 最初の哲学者たち、ミレトス学派(イオニア学派)は、
 タレス、アナクシマンドロス、アナクシメネスの名で称される。
 タレスが日蝕を予言したといわれることは
 当時のオリエント古代世界の自然についての知識が
 かなり発達していたことをうかがわせる。

 またアルケー(万物の根源)を
 タレスが水とし、アナクシメネスが空気(気息)としたことは、
 近代以降の科学的思考による
 <精神と物質の分離(水=H2Oの世界)>と違い、
 古代から中世(あるいは現代)に及ぶ
 <物活論的思考>の特徴を理解できる。
 <精神と物質(心と身体)>の結合は、
 特に現代の精神医学上重要なキーワードになっている。

 アナクシマンドロスの「ト・アペイロン」(無限定なもの)を
 アルケーとする論理的思考も、
 現代における「有限・無限」の概念を考える際に興味深い。


 次いで、ピタゴラスは、
 ピタゴラスの定理(三平方の定理)が有名だが、
 彼が人間の魂のカタルシスを目的とした宗教的教団の教祖であった。
 彼は自然において調和(ハルモニア)=美を見いだし、
 魂の「浄化」(カタルシス)を求めた。
 この調和を数と数的比例とによって見いだすために、
 彼の教団ではさかんに数学、音楽、天文学などが研究され、
 彼らの数学研究の基礎の上に
 ヘレニズムの時代に「ユークリッ幾何学」が成立したのである。
 こうして、ピタゴラスは古代世界の数学の発展に著しく貢献をした。


 最も謎めいた人物として、
 ヘラクレイトスがあげられるが、
 彼は、「万物流転(パン・タ・レイ)」といい、
 このことを「ひとは二度と同じ川に入れない」ともいう。
 とどまることなき万物の生成・変化・消滅を
 厳しい認識をもって表現したのである。

 また彼は万物をつらいてあるロゴス(法則)に聴き従って
 「万物は一である」と言うことが人間の知恵であるともいう。
 また、アルケーを「永遠に生きる火」とし、
 万物の交換物ともいう。
 「決まっただけ燃え、決まっただけ消えながら、
  あったしあるしあるだろう」と。
 現代風に解釈すれば「エネルギー恒存の法則」とも言える。


 ヘラクレイトスと全く逆な思考をしたのが、
 エレア派のパルメニデスで、
 「在るものがあり、無いものはない」と言う。
 さらに、「無いものは考えられもしない」とした。
 この論理はA=Aという同一律の前提となるものである。
 また、彼によれば、
 宇宙は存るものによってすき間なく充満し、
 生成・消滅、変化・運動は感覚的な「見かけのもの」、
 すなわちドクサ(臆見)として否定される。
 一見して、あるものがなかったり、ないものがあったりすると
 思考の混乱が起こる。


 パルメニデスの厳密な論理について、
 彼の弟子ゼノンが、いくつかの難問(アポリア)をつくって
 具体的に提示した。
 有名なアポリア、「アキレウスと亀」「飛ぶ矢は止まっている」という。
 これらの難問は実際の運動を論理的に否定するものであった。
 これらのアポリアに出会うと、
 時間や空間の概念がキーワードとなり、
 時間や空間の無限分割の問題が出てくる。


 その他、エンペドクレス
 火・空気・水・土の4大元素、
 その極小部分を「万物の根」(リゾマータ)という。
 これが、アリストテレスによりストイケイアと呼ばれ、
 後にラテン語で「エレメント」と訳された。


 また、アナクサゴラスは、
 万物は目に見えない部分=「種子(スペルマタ)」の組み合わせによるという。
 そして、「ヌース」(理性)が、世界の運動過程のはじめにはたらくとされた。
 これらも、古代世界を超えて後代の哲学・思想に大きな影響を与えた。


 エンペドクレスとアナクサゴラス彼らの思考は、
 古代の原子論者、デモクリトスの思考へと続き、
 デモクリトスは、万物のアルケーを
 それ以上「分割できないもの」、
 すなわち<原子(アトモン)>の存在とする。について
 万物はアトム(アトモン)の結合によって生成し、
 分散によって消滅するという。

 デモクリトスは<原子>を最初に取り上げた人物であり、
 近代の物理学や現代の素粒子論の根底には、
 デモクリトスの論理的思考が影響している。



 2)ソフィストたち
 ペルシア戦争の勝利によりギリシア世界、
 特にアテネが繁栄した頃、ソフィストたちが活躍した。
 彼らはフュシス(自然)からノモス(人為的なもの)へと
 探求の方向を転換した。
 

 例えば、代表的なソフィストのプロタゴラスは、
 「万物の尺度は人間である」と言い、
 万物の在る無いについても人間の判断がその基準になるとした。
 これは、政治的な論理からすれば、
 当時繁栄したアテネの民主政治における「多数決原理」になる。


 次いで、不可知論で有名なゴルギアス
 「何ものもない。あるとしても、認識できない。
  認識しても、伝達できない」という言葉は、
 真の認識、真の伝達という観点から考えれば、
 認識論上の問題や伝達不可能性の問題を
 提起するものであることが分かる。


 また、ソフィストたちは、
 各ポリスのさまざまなノモスについてその認識の正しさを論争し、
 そこから「弁論術」が発達した。
 それと同時に、彼らは相対的・主観的真理観の主張に行き着いた。
 真理(アレテイア)とは、
 かつては「覆いを取る」という意味であったが、
 「事柄の真相」を正しく言い表す(言い当てる)という
 論理的な正当性を意味するようになった。



 3)ソクラテス
 ソクラテスは、前399年に獄死したこと以外は、
 周知のようにプラトンの諸著作など、弟子や友人の著作、
 あるいはアリストファネスの喜劇作品等で知られるだけであって、
 実際のところは分からない部分が多い。

 一応、彼の思想を採り上げれば、
 ソクラテスは、ソフィストたちの相対的な真理観を超えて、
 普遍的な真理の探求、
 とりわけ「善美なるもの」(カロカガティア)の探求を行った。
 彼は、神託を受けて「善美なるもの」について
 ソフィストたちと問答し、
 彼らが「知らないことを知らない」、
 知っていると思いこんでいるだけと結論づけた。
 その結果、彼は「無知の自覚」を出発点として探求を行うとし、
 人々との「対話(ディアロゴス)」を実践した。
 彼は、対話を通じて真理という子を生み出すという意味で
 この方法を「産婆術」と呼んだ。

 さらに、彼は、人間のアレテー(徳)とは
 魂が「すぐれていること」にあるので
 魂を向上させるように<魂への配慮> を説いた。


 彼の死後、後継者を自称する人々によって
 多くの学派が生じた。
 ソクラテスは当時のアテネでは、
 最も思想的な影響力を持った人物であったことは間違いない。

 メガラ派、エリス派や
 アリスティッポスのキュレネ派
 アンティステネスのキュニコス派など。

 キュレネ派は、快楽を善であるとし
 ヘドニズム(快楽主義)と呼ばれる。
 ヘレニズム時代のエピクロス派の先駆である。

 キュニコス派では、
 アレクサンドロス大王を羨望させた
 シノペのディオゲネスが有名であり、
 この派は認識より実践を重んじ無欲自足の境地を理想とした。
 「シニカル」の語源もこの派の名から由来し、
 また、ストア派の先駆でもある。



 4)プラトン
 プラトンの思想は、「理想主義」の典型といわれる。
 彼によれば、この生成消滅する不完全な現実の世界を超えて、
 完全な真実在の世界があり、それがイデアの世界であるという。
 では、われわれがイデアを知る(見る)ことができるのはなぜか。
 彼は、アナムネーシス(想起)によって
 それを神話的に説明する。
  ①人間の魂は、かつてイデアの世界に住んでいた。
  ②魂は、出生とともに「肉体という牢獄」に閉じこめられて、
   イデアの世界を忘れる。(忘却)
  ③魂は、現実の世界でイデアらしきもの(イデアの似姿)に出会うと、
   イデアの世界を想起する。
   例えば、現実の花が美しいのは
   その花に美のイデアが<臨在>するからであり、
   逆に言えば、花が美のイデアを<分有>するからである。
  ④かくして、魂はイデアの世界を「あこがれ求める」(エロス)、と。

 プラトンの想起説は、真理(アレテイア)についての考え方を示している。
 例えば、現代物理学のクオーク理論も
 すでに存在していたクオークをアレテイア(英語でディスカバー)した、
 「そうだったかと想起した」といえるからである。


 プラトンの理想国家論の4つの徳(アレテー)をギリシアの四元徳という。

 プラトンの哲人王の思想では、
 彼は、どうなると最高の理想国家が実現すると考えたのか。    



 5)アリストテレス
 プラトンの弟子、アリストテレスは、
 「現実主義」の典型としてプラトン哲学とともに後代に大きな影響を与えた。
 彼は、プラトンのイデアが現実の世界の外に実在するのに対して、
 個々の事物が実在するのであって、
 それに内在する本質としてイデアを考えれば良いとした。

 彼は、そうした本質を形相(エイドス)といい、
 個々の事物(個物)は形相と、
 素材に当たる質料(ヒュレー)から構成されるとした。
 例えば、ある家が建てられるときに、
 最初は、形相がまだ「かくれた姿で存在する」(例えば、設計図のように)し、
 実際には建築材料の質料だけがある。
 そうして徐々に家が建てられるにつれて、
 ついに完成すると、そこに形相(本質)が完全に姿をあらわす。
 また、これは「可能態(デュナミス)から現実態(エネルゲイア)へ」という
 事物の展開、運動をもあらわすことになる。

 アリストテレスは,人間にとって最高善は幸福であり、
 それは知性的な徳の実現として、
 第1に観想的生活にあるとした。
 観想とはギリシア語でテオリアといい、
 見ること、ものごとを純粋に見る(知る)ことであり、
 この生活は理性のはたらきによって実現する。
 さらに彼は,社会生活上必要な徳として勇気などの「習性的徳」をあげ、
 それらは、また、<中庸の徳>であるともいう。