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近代哲学
・・デカルト、カント、ヘーゲル
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デカルト哲学 カント認識論 カント道徳論
ヘーゲル弁証法
序)近代哲学
世界史上、近代ヨーロッパは、
良きにつけ悪しきにつけ、人類の発展に寄与してきた。
良い面では、合理主義精神の確立、
そして、この精神においてデカルトにより近代的自我が確立した。
また、自然科学の発展が社会生活に多大に貢献してきた。
ただし、現代では科学の応用としての技術の発達(技術文明)の功罪が
問われている。
他方、悪い面では、
他の世界・地域を植民地化し、
そこから差別を正当化する思想が生じた。
この思想はヨーロッパ中心主義の思想として批判されている。
近代ヨーロッパは
デカルト、カント、ヘーゲルに代表される
理性主義(合理主義)の思想を展開した。
デカルトが彼の思想を展開した背景を考えると、
第1に、科学的思考の端緒となった
ルネサンスの天動説から地動説への転回があげられる。
天動説は、キリスト教会の見解であり、
何よりもわれわれの日常生活の感覚でもあった。
しかし、コペルニクスからケプラー、
さらにガリレイらの努力によって科学的知識が蓄積されて、
地動説が確立していった。
特にガリレイによって、天体観測の結果と地上の実験による
物理現象の法則化が行われた。
ガリレイは、
「自然という書物は数学の言葉で書かれてる」とし、
自然は量(数値)で表現できるとした。
これを受けて、優れた数学者でもあるデカルトは、
いかにして数学を自然に適用するかということを課題とした。
具体的に言えば、数学を物理学に適用することとなる。
第2には、天地を創造し人間を造った神の、
その叡知(ラティオ)を媒介として、
人間は自然を認識できると考えられたことである。
何故なら人間の理性も神の摂理(法則)も同じラティオであるから。
そしてまた、
これが「良識(ボン・サンス)は人に公平に与えられている」という
デカルトの考え方のもとにあった。
第3に、当時、生得観念はあるかないかという議論が行われていた。
この議論から、
イギリス経験論と大陸合理論の対立する二つ思想の流れができた。
デカルトは数学的諸観念や神の存在など生得観念はあると言う。
何故なら人間の理性は神から与えられたから、と。
しかし、デカルト後の大陸合理論は
生得観念を増やすことで<独断論>に陥った。
他方、イギリス経験論は生得観念を否定し、
知識の源泉を経験のみとした。
例えば、ロックは人間の心は「タブラ・ラサ」(白紙)という。
バークリー、ついでヒュームに至って<懐疑論>に陥った。
ヒュームは、
心は単なる「知覚の束」であるとして心の実在を否定し、
物理法則としての<因果律>も単なる習慣として否定した。
1)デカルト哲学
デカルトは、さまざまな彼の研究のためにその原理となるような、
自分にとって絶対疑えない確実な真理を探求していた。
この探求のために、彼は「方法的懐疑」を実行した。
この実行は、可能なかぎりすべてのものを徹底して疑うことであり、
疑うことによって何が見いだせるかと問うことであった。
かくして、デカルトは
「疑っている限りでの私の存在は疑えない」ということを見いだした。
彼はこれを簡潔に
「Je pence donc je suis」と表現し、
(ジュ パンス ドンク ジュ スイ)
(コギト・エルゴ・スム)
絶対疑えない確実な真理とし、
これを彼の哲学の第一原理とした。
また、この真理を「コギトの真理」ともいう。
デカルトは、
このコギトにあらわれる直観的に自明で明晰・判明な観念、
すなわち「明証な観念」が確実な真理であり、
そして、この確実な真理から少しずつ段階的な推論を行うにより
明証的な真理が次々に明らかになると考えた。
この方法が「演繹法」であり、その典型は数学である。
次いで、デカルトは、「物心二元論」を展開した。
神の叡知を媒介にして、
一方には私(自我)があり、他方には物体(自然)があり、
そして、私による明証的な認識が物体を認識する。
その際に、最も必要不可欠な属性を考えると、
「私」の属性は<思惟(考える)>であり、
他方、物体の属性は<延長(広がり)>である。
かくして、延長としての物体は、
感覚的な内容をすべてはぎ取られて物理的量であらわされる。
こうして、デカルトの課題は果たされて、
近代の機械論的自然観が成立することになった。
デカルトの思想は、
近代ヨーロッパの合理主義思想を確立するとともに、
理性がそれについて明証的な観念をもてるものが
真に存在するものであるとして、
自然に対する理性の優位をあらわす。
そして、デカルトと同時代人の
F・ベーコンの有名な言葉、
「知は力なり」は、デカルトと同趣旨の意味をあらわす。
また、この言葉をベーコンは
「自然に従うことによって自然を征服(支配)する」とも言う。
2)カント認識論
18c啓蒙主義の時代を背景にしたカントの思想は、
彼の認識論と道徳論に代表される。
認識論においてカントは、
前代のデカルトで考えられていた神の叡知による媒介なしに、
それなしで、われわれの認識がいかにして成立するか
という問題に直面した。
そこから彼は理性の自己批判の道をたどる。
そして、カントの課題は、
理性の能力の<範囲と限界を確定する>こととなった。
これをカントの意味で「批判」という。
カントは、主著の一つ『純粋理性批判』において、
人間の「認識はすべて経験をもって始まるが、
すべてが経験から生じるのではない」と述べる。
経験をもって始まるというのは、
独断論を避けて
<ア・ポステリオリ(経験的)>な認識を認めることであり、
他方、経験から生じるのではないとは、
懐疑論を避けて
<ア・プリオリ(先験的)>な認識、
すなわち経験に先立つ認識が成立することをいう。
次いで、彼によればわれわれの認識は
「物自体」(物そのもの)を認識することができず、
われわれに現れる<現象のみ>を認識することができる。
こうして、
われわれの理性の能力の<範囲と限界>が確定される。
では、実際の認識はどうか、
それは、カントによれば、
経験的な認識が受けとる感覚的素材(現象)を
理性の先験的な認識能力によって構成することである。
そして、先験的な認識は、
感性的直観および悟性の12のカテゴリーによって行われる。
彼は カテゴリーの1つとして
物理的な法則の基礎にある<因果律>を認めた。
因果律はヒュームによってかつて否定されたが、
それをカントは回復したのである。
カントは彼の認識論が、真理について従来の模写説、
すなわち事物をあるがままに認識するという考え方を否定して、
先験的認識による構成説をとるとして、
このことを認識論上で「コペルニクス的転回」を行ったと言う。
コペルニクスによる天文学上の業績になぞらえた言葉である。
こうして、カントは彼の「批判哲学」を通じで自然の科学的認識を基礎づけた。
また、彼は理性を先験的主観(超越論的主観)とも呼び、
この主観の働きには必ず<コギト(私は考える)>が伴うとして、
彼の認識論がデカルトの思想を継承してするとした。
また、カントは認識の限界を超えるものとして、
物自体以外に、神の存在と永生(霊魂の不死)と自由をあげる。
神の存在は信仰のために要請され、
永生は人間の有限性のために希望される。
そして、自由の問題は、意志の問題として実践理性の課題とした。
3)カント道徳論
カントの道徳論は、現代の道徳論の基本ともなっている。
これは彼の道徳論を確実に超えるような道徳論を
現代でも創り出していないことといえる。
彼の主著の一つ『実践理性批判』では、
われわれの行為における善悪の価値判断はわれわれの意志に関わり、
そこではわれわれの<意志の自由>が問われることになる。
カントの前提にある考えは、
われわれにおける「良くなろう、良くあろう」という意志、
すなわち善意志があり、これがなければ善はないということである。
カントにおいて、意志の自由は
<傾向性>、すなわち自然的な欲求や快苦に束縛されること
から自由であること、
さらに、意志の<自律>、
すなわち「為すべきであるが故に為しうる」ことが求められる。
(為すべきことを為す)
これを<当為(ゾルレン)>という。
そして、当為とはわれわれにとって<義務の念>であり、
われわれの<良心の声>でもある。
ここから、例えば、ある事件・裁判で、
証人(自分)が偽証するように強要された(殺す)場合、
カントにおいてはどう答えるか、という問いが生じる。
さらに、カントは普遍的な道徳法則を立てる。
その一つには定言命法と仮言命法とがある。
彼によれば、定言命法とは「(~すべきであるから)、~せよ」という
無条件的な命令であり、行為の動機を重視する命法であり、
他方、仮言命法は「もし~ならば、~せよ」という条件付の命令であり、
それは行為の結果を重視する。
また、カントは、
「汝の意志の格率が,常に同時に普遍的立法の原理として
妥当するように行為せよ」と言う。
この言葉の意味は、
簡単に言えば、「~しようとする時の自己の意志」(行為)が
すべての人の意志(行為)に当てはまる(一致する)ように行為せよ、
ということであり、
自己だけの勝手の行為になってはならないということである。
また、カントは、
「~すべきである」という動機の正しさを重視するとともに、
互いを人格として尊重し合うことを求めた。
彼は自己と他人を含めて互いの人格にある人間性を
「目的として取り扱い,決して単に手段としてのみ
取り扱わないように行為せよ」と言う。
彼は、相互に人格を尊重する
こうした理想的な共同体を「目的の王国」と言う。
5)ヘーゲル弁証法
ヘーゲルは、ドイツ観念論と近代哲学の完成者と言われ、
現代の思想にも大きな影響を与えた。
ヘーゲルの課題は、先ず、カントの二元論を克服すること、
カントに見られる「二項対立的思考」から第三項による統一へ、
すなわち「弁証法」によって対立を統一する視点を見いだすことであった。
次いで、「精神」(ガイスト)の概念を導入し、
哲学に社会や歴史の理論を組み込むことにあった。
ガイストとは、もともと魂(ゼーレ)の意味であるが、
ヘーゲルにおいて
「魂が自己自身において
自己が何であるかについての知に到達した」ものと規定される。
さらに、彼において精神は自己(自我)と他者を含む「われわれ」として
理性的な存在者の全体を指すことになる。
例えば、
『エンテュクロぺディー』の第3編「精神哲学」において、
客観的精神は、法->道徳性->人倫へと、
さらに人倫は家族->市民社会ー>国家へと自己を展開する。
ヘーゲルは、カントの自律の道徳論を評価しつつも,
それが個人の良心的な自覚の問題でしかないこと批判し、
社会的な責任の問題をとりあげる。
彼によれば、客観的な法とカント的な道徳とが
統合される具体的な場を<人倫>といい、
この人倫は、愛情にささえられた家族から市民社会へ、
ついで国家という具体的な三過程(段階)である。
ヘーゲルによれば、「市民社会」とは、
各人が独立した自由な個人としてあらわれる場であり、
そこでは、「欲求の体系」とよばれるように、
各人の欲求の満足のために
他人との「自由競争」や利害の対立がおこり、
新たな不自由・不平等がもたらされ、
「人倫の喪失」の 状態におちいる。
この喪失の回復によって、
家族の共同性と市民社会の自立性が統一されて、
この統一による最高の段階が国家であった。
このようにヘーゲルの弁証法的論理は,
現実の社会や歴史にも適用され、
対立や矛盾を含みながら弁証法的に変化し,
発展していくものであるとした。
ヘーゲルにおける弁証法の論理、思考は、
一般に、正(定立)->反(反定立)ー>合(総合)の形式
をとると言われるが、
ヘーゲル自身はそう言ったことはなく、
後の人が彼の複雑な弁証法的論理を整理したものである。
ともかく、
これは古代ギリシアのソクラテスの「対話術」(産婆術)と似ている。
ソクラテスでは、ある意見(=正)と、それに対する彼の反論(=反)とが
次第に吟味されて、真理(=合)を生み出すことであった。
ヘーゲルでは、
正と反は互いに否定対立し合い、反と合も否定対立するが、
合(真理)の形成においては
正と反を破棄せずに正・反を内に含むという。
これを<止揚(アウフヘーベン)>といい、
こうして第三項の合は
さらに新たなレベルでの弁証法的な展開に移行する。
例えば、植物の成長について、
蕾・花・果実は、
一方ではそれぞれ相互に否定・対立し合う関係であるが、
他方では、それぞれは有機的統一の「諸契機」であり、
植物の成長にとって必要不可欠なものである。
ヘーゲルは、『エンチュクロペディー』第1編「論理学」の端緒において、
存在->無ー>成の過程を展開する。
存在(ザイン)は初めにただ単なる存在だが、
それは<無規定的にあり>、
<存在するにすぎない>ものとしては、すでに無を含んでいる。
また、無もただ単に無といえるが、
<無で在る>(無として在る)という意味では存在を含む。
また、ヘーゲルは無を「無としては自由である」という。
こうして相互に対立否定する存在と無を内に含むことで
<成>が生じるが、成はその成果として「定在」(ダーザイン)となる。
こうして、「定在」とは、
他にではなく「現に(いま、ここに)存在する」という規定をもつに至る。
無規定的なザインがダーザインになったともいえる。
こうした、ヘーゲル的な論理は、
後の現代の実存思想にも影響を与える。
例えば、ハイデガーは、ダーザイン(「現存在」の訳語をあてる)を
人間の存在のあり方とし、『存在と時間』を著した。
さらに、サルトルも『存在と無』において
「無としての自由」(実は人間意識のあり方でもある)を
彼の哲学の主題として、
存在と無の相剋(ヘーゲルの第三項無し)を展開した。
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