チベット密教の美術
          ・・参考図録
            『聖地チベット ポタラ宮と天空の至宝』

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    チベット仏教 :蛇足ながら、解説した。



 チベット密教は、日本の仏教を多少知る私には異様とも思えるが、
 その鮮明な異質さがかえって一種の魅力となっている。

 日本の密教として空海の真言宗がある。
 真言宗は中国経由の中期密教とされるが、
 チベット密教は後期密教で、
 イスラム勢力によりインドと中国を結ぶラインが消滅した以後も、
 インドから直接にチベットに伝わったのが後期密教の思想という。


 <父母仏(ヤブユム)像>という特異な図像を初めて観て、
 そのエロティックな印象から、
 これも信仰の対象となるのか、と私は驚いた。

 また、多くの仏が多面・多眼・多臂、憤怒相であり、
 様々な仏具を手にし、身体を宝飾で飾る、
 華麗ともいえる仏たちである。
 特に、
 <髑髏>や<頭蓋骨>の飾りはチベット密教の特異性を示すと思える。
  *しかも極めて精緻な技術により、見事に制作されている。


 また、チベットの<転生>思想も独特である。
 <輪廻転生>思想については、日本でも「六道輪廻」として周知だが、
 チベットでは現実のものとして存在する。
 現在のダライ・ラマ14世は、わずか3歳ごろ13世の生まれ変わり、
 <転生・化身>と認定されてチベット仏教の最高権威となったという。
  *ダライ・ラマは観音菩薩の転生活仏という。


 私は映画「リトル・ブッダ」を見たことがあり、
 キヌア・リーブス(彼は仏教徒らしい)がシッダールタ役で出演した。
 チベットの高僧の転生者としてアメリカの男の子が指名されるという物語だった。
 チベットでは転生が現実に信じられているようだ。


 六道輪廻タンカ

 映画「ラサへの歩き方」には、
 タンカ(仏画の掛軸)が飾られ、楽器を用いた読経が唱えられていた。
 さらに、巡礼中にマニ車を常に回し、
 タルチョー(経旗)がはためき、カイラス山の<鳥葬>が印象深い。

 それに、観音菩薩の真言である<六字真言>が盛んに唱えられるという。
 巡礼中に一行が唱えていたのもこの真言だろう。

  下、六字真言「オム・マ・ニ・ペ・メ・フム」(チベット文字で6字)




 チベット密教の信仰は、私にとって特異な信仰形態と思えるとしても、
 やはり仏教信仰に変わりない。

 男女尊の性的合一の<ヤブユム(父母仏)>像は、
 男尊=<方便(慈悲)>
 女尊=<空の知恵(般若)>との合一により
 <悟り>に達していることを象徴するという。


 後期密教の最後の経典
 「カーラチャクラ・タントラ」では、
 カーラチャクラ(最高の仏、理想郷シャンパラの教主)が
 妃ヴィシュヴァマーターと一体となることで
 悟りの世界を表現するという。

 下、カーラチャクラ父母仏




 横から見たカーラチャクラ父母仏。


 同様に、「ヘーヴァジュラ・タントラ」では、
 男尊ヘーヴァジュラ(単身ではヘールカの名を持つ)と
 女尊ナイラートミヤーの父母仏がある。
 また、ナイラートミヤーも単身でも信仰のされる。

 へーヴァジュラ父母仏
 ナイラートミヤー


 さらに、ヤマーンタカ(「冥界の王ヤマを征服する者」の意)は、
 水牛の面を持つ忿怒尊で、日本では<大威徳明王>
 父母仏としては、妃ヴァジュラヴェーターリーを抱きかかえ、
 妃の左足が腰に絡み付いている。
 下から見ると、結合部分もきっちり造作されている。

 ヤマーンタカ父母仏

 下から見たヤマーンタカ父母仏


 また、日本では<荼枳尼天>として知られるダーキニーが、
 悟りに導く女尊として信仰される。
 ダーキニーは、人の死を半年前に予知して、死んだらその心臓を食べるという。
 身に着けた飾りは、
 髑髏のついた杖、血で満たされたカパーラ(髑髏杯)、
 5つの髑髏で飾られた冠(貪欲、妬み、愚かさ、幼稚、欲情を表す)。
 さらに、36の髑髏を繋げた首飾り。
 その足下では煩悩と悪を象徴する人間を踏みつけている。

 ダーキニー立像


 また、女尊としてターラーが信仰される。
 チベットの女尊は美しく飾られている。
 この女尊の伝承の一つには、
 観音菩薩が「自分がいくら修行しても、衆生は苦しみから逃れられない」と
 悲しんで流した二粒の涙から生まれたともいう。
  右目の涙からは白ターラーが、
  左目の涙からは緑ターラーが生まれた。
 彼女たちは「衆生の済度を助ける」と発願し、観音菩薩は悲しみを克服したという、

 白ターラー坐像 :延命長寿・無病息災を司る。
 緑ターラー立像 :観音の救いから漏れた衆生を救う。


 もちろん、密教的な仏たちばかりでなく、
 馴染み深い仏たちも信仰されている。
 その優美な姿と華麗な装飾は実に魅力的である、

 例えば、弥勒菩薩立像はインド・バーラ朝の作とされるが、
 バーラ朝
はチベット仏教美術に大きな影響を与える。
 その姿は今にも動き出しそうな身体の線と華やかな装飾で飾られている。

 下、弥勒菩薩立像




 また、千手観音も美しい。

 十一面千手千眼観音菩薩立像


 その他、<魔女仰臥図>も開国神話も兼ねている。
 ボン教を象徴する魔女の体の上に仏教寺院を建て、魔女の力を封じ込める。
 チベット高原を統一した吐蕃王国の初代、
 ソンツェンガンポ王の妃・文成公主の八卦の占いがあった。

 「両手両足の関節部分に12の寺院、心臓にあたる湖を埋め立てて寺院を建てよ」と。 
 心臓の場所がラサでチョカン寺とラモチェ寺が建てられた。

 魔女仰臥図



 「ラサへの歩き方」でカイラス山の<鳥葬>シーンが印象深かったが、
 <チャム>という仮面舞踏が行われるという。

 鳥葬の墓場を守る神のチティバティ夫婦に扮した僧侶が、
 ペアとなって飛び跳ねながら踊る。
 耳元に開く虹色の扇はめでたいことを表す、
 髑髏が5つついた冠、目の上に第3の目。

 チャム装束(チティバティ)


 小さな村~ラサ~カイラス山へと巡礼する11人の物語。
 ラサへの歩き方へ