トップ

   ゼロの焦点
     ・・松本清張原作と映画化
     ページ内リンク  映画1
     ページ外リンク  能登の旅1

 映画「ゼロの焦点」(映画1)から。
 ヤセの断崖で対峙する主人公と犯人。
 禎子が夫・憲一のために花束を捧げるためと言って、
 室田夫妻と一緒に三人で来た。
 ヤセの断崖。ここで禎子と佐知子の対決により、
 すべての謎が解き明かされる。

 下の写真、左、室田儀作。中央、室田佐知子・高千穂ひづる
 右、鵜原禎子・久我美子
  *佐知子の後ろに見える岩は<能登地震>で崩壊したようだ。
 


 小説の時代設定は日本の降伏から13年後(=1958年)とされている。

 <原作から>
 新婚後間もなく夫の鵜原憲一(36歳)が失踪し、
 その行方を追う、鵜原禎子(26歳)が主人公。
 鵜原禎子は、夫・憲一を探しに金沢に向かうが、
 なかなか探し出せないでいる。
 その間に次々と殺人事件が起こる。

 先ず、憲一の兄・鵜原宗太郎、
 京都出張(後で嘘と分かる)のついでに金沢へ来て、
 禎子に協力するが、謎の青酸カリ中毒死を遂げる。
 彼は、憲一の過去の「影」の部分をある程度知っていたようだ。
 次いで、本多良雄
 彼は憲一の後任者で、広告社の北陸出張所主任。
 彼は禎子に好意を寄せていて積極的に協力し、憲一の行方を追う。
 やがて彼は憲一失踪事件(実は殺人事件)の真相をつかむ寸前に
 青酸カリで殺害されてしまう。

 禎子は、この間、本多と共に身元不明の自殺死体を見たり、
 憲一の得意先で、憲一が親しくしてもらっていたという
 室田儀作(「室田耐火煉瓦会社」の社長)と
 その妻、地方の名流婦人となっている室田佐知子と知り合う。
 禎子は室田夫妻の自宅に招かれた時、「アッ」と彼らの自宅を見上げた。
 それは、憲一が法律書に挟んでいた二枚の写真のうちの一枚、
 立派な文化住宅として映っていたものであったからだ。
 もう一枚の写真には、この地方特有の家屋が映っていた。

 下の写真、<映画2>から。
 

 禎子は、ある時、煉瓦会社で受付の女(これが田村久子)が
 外人客と<品のない英語>で話すのを聴く。
 禎子は英語が分かるので、
 後に受付の女の英語は<パンパン>のしゃべる英語だと分かる。

 田村久子は、煉瓦工場の元工員(曽根益三郎)の内縁の妻で、
 曽根益三郎が自殺していまい、不憫に思った社長が受付の女に雇ったのだった。
 禎子は、田村久子に関心を持ち、彼女の家を訪ねる。
 その家とはまさしく憲一の二枚の写真のうちの一枚に映っていた家だった。
 そして、久子は突然会社を辞めて東京に行ったという。
 禎子には何故憲一が室田家と久子の家の写真を持っていたのか訝しんだが、
 その謎はまだ分からない。

 実は、本多良雄はこの久子の行方を追って東京に来て、
 青酸カリを飲んで死んだ。そして、金沢に戻った田村久子も
 崖上から身を投げて自殺してしまう。

 禎子は、結婚以前の憲一の生活をほとんど知らず、
 憲一が今の会社に勤める以前には、
 東京の立川署の巡査をしていたことを知る。
 すべての謎は東京立川にあると直感した禎子は、
 立川署で憲一と親しかった巡査(今は警部補)と会い、
 憲一は<風紀係>の巡査であったと知る。
 当時、パンパンの取り締まりで、
 風紀係の憲一もずいぶん苦労し悩んでいたと聴き、
 禎子は新聞に載った田村久子の写真を見せる。
 警部補は分からないが、
 当時パンパンが下宿していたアパートがあると。
 そして、禎子と同じように立川署を訪ねた人がいたと、
 警部補から名刺を見せられる。
 名刺を見ると、なんと室田儀作の名刺だった。

 禎子は、アパートを訪ね、田村久子の写真をおかみに見せると、
 おかみはエミーと名乗っていた久子を覚えていた。
 そして、室田儀作もこのアパートを訪ねていた。
 
 禎子は想像する。
 立川で風紀係の巡査であった憲一と
 パンパンであった久子は顔見知りだった。
 そして、偶然にか、金沢で出会い、何らかの関係を持つ。
 憲一の兄・鵜原宗太郎が旅館で青酸カリを飲んで死んだ時、
 警察の調べでは、
 その前後に派手な格好の女といたことが分かっている。
 その女は田村久子に違いない。
 宗太郎は禎子の知らない憲一の影の部分を知っていて、
 憲一と久子の関係を知っていたようだ。
 宗太郎は久子に殺されたのか。

 2年間、金沢で勤務していた憲一は月のうち20日を金沢で仕事し、
 10日は東京の本社に出張していた。
 憲一の金沢の下宿先は初めの半年は分かっているが、
 後の1年半どこにいたのか社員たち誰も知らないという。
 もしかしたら1年半の間、
 憲一は田村久子と一緒だったかもしれない。
 そのことを憲一の兄宗太郎も知っていたのかも。
 そうすると、田村久子の内縁の夫・曽根益三郎とは?

 曽根益三郎は覚悟の上の自殺で、
 崖から身投げした場所に、きちんと靴が置かれ、
 ノートに久子宛の遺書が挟んであった。
 しかし、その遺書の筆跡は憲一のものであった。
 すると、曽根益三郎と鵜原憲一は同一人物であったのだ。
 しかし、憲一が自殺するとは思えない、禎子と結婚したばかりで、
 禎子を愛していた憲一なのだから。
 すると、憲一も田村久子に殺されたのか。
 憲一と久子は内縁関係のままで、
 憲一には久子と結婚する意思はなかったのだから。

 ヤセの断崖(能登地震以後の撮影か)
 

 それに、崖の上から落ちたという事実は、
 覚悟の<身投げ自殺>か
 それとも<突き落とされた他殺>か、
 見分けがつかない。

 田村久子も死んだ今、殺人犯は久子か?
 一連の殺人事件の犯人(X)は誰か?
 禎子は、ここで、室田儀作をXとしたらと考え、
 久子の恩人にあたる儀作がXで、
 久子は儀作の指示通りに動いたと想像する。
 鵜原宗太郎と本多良雄に
 青酸カリ入りウイスキーを久子に持たせて二人を殺し、
 真相を知っている久子を崖から突き落としたのだ、と。

 しかし、何故、儀作が三人を殺したのか、
 その理由が分からない。
 禎子の耳にしたあるテレビ座談会で
 戦後の女性たち、GI相手の女性のなかには、
 女子大を出てるような女性たちもいたという。
 そういう女性たちも今では立派に更生している、と。

 また、警部補が憲一の話として、
 女たちの中にはかなり教育を受けた頭のいい女もいる、と。
 想い出した禎子は考える。
 犯人Xが儀作とは限らず、佐知子かもしれない。
 女たちは自分がパンパンであったことを秘密にする、
 パンパンであった自分の前歴をひた隠しに隠したがるという。

 禎子はそれを確かめるために、
 正月、室田夫妻が泊まっている名倉温泉の加賀屋に向かう。

 禎子は加賀屋に向かう列車内で、
 立川署を儀作が訪れたことを思い出し、
 もしや儀作の妻・佐知子は久子と同類のパンパンだったのか、
 立川で久子と佐知子はパンパン仲間で、金沢で二人は出会い、
 佐知子は久子の面倒をみることになったのか。
 そう考えれば、犯人Xは佐知子に違いない。

 地元の名流婦人となった今は前歴を絶対に知られたくない。
 だから、立川で久子と同様、憲一を知っていた佐知子は、
 金沢で憲一と出会ってしまい、
 仕方なく憲一の仕事関係上親しくしているが、
 憲一に前歴を明かされてしまう危険を恐れていた。
 ただ、久子が崖から落ちた時刻には、
 佐知子は地元のラジオ座談会に出てからXではない、と。

 加賀屋に到着すると、番頭がすでに夫妻は西海岸に出かけた、
 奥さんの方が早く出て、旦那さんが後を追うようにして、という。
 ハイヤーに乗った禎子は二人に追いつこうと、
 運転手に頼んで雪の山道を走ってもらう。
 途中、運転手がラジオの音楽番組の歌手について話すと、
 「ハッ」と禎子は気づく。
 佐知子の出た座談会は録音されたもので、
 座談会はもっと早く行われたのだ、と。

 西海岸のかつて
 曽根益三郎こと鵜原憲一が身投げした(殺された)崖の上に、
 室田儀作が佇み、遠く水面に浮かぶ黒点を眺めていた。
 ここは禎子が金沢に来て最初に身元不明の死体を見た町の近くで、
 駐在所の巡査が、
 身元が分かる遺体もあって引き取り人が来たと言っていた。
 それが鵜原憲一の遺体で田村久子が引き取っていたのだった。

 禎子が近寄ると、
 儀作は、儀作が問いつめると佐知子はすべて告白したと、静かに語り、
 佐知子がボートに乗って海に、
 ボートから手を振っていた、と。


 注1)鵜原禎子が断崖に立つシーンが描かれている。
  小説では、断崖は志賀町の赤住にあるとされている。
  しかし実際の赤住は平坦な地形で、
  海に転落するような断崖は存在しない。
  現在「赤住」と同じ志賀町内にあり、
  実際に断崖のある「赤崎」と、
  著者が勘違いをしていたのか。
  映画では、赤崎でもなく、「ヤセの断崖」としている。
 注2)地名
  高浜町、1970年に合併し現在は志賀町の一部。
  鶴来町、2005年に合併し現在は白山市の一部。
 注3)「海の中の都市」と「アナベル・リー 」
  禎子が断崖に立つ場面で想起する詩。
  いずれもエドガー・アラン・ポーの詩。


 <映画1

 1961年3月19日公開。
 監督は野村芳太郎
 能登金剛・ヤセの断崖をクライマックスの舞台とし、
 禎子と佐知子が、直接相まみえる場面が設定される。
 松本清張原作映画の中でも著名な作品のひとつとなった。
 また、本映画では本多は死なず、あまり禎子の力にもならない。
 第12回ブルーリボン賞助演女優賞(高千穂ひづる)受賞。

 <キャスト>
 鵜原禎子:久我美子
 室田佐知子:高千穂ひづる
 田沼久子:有馬稲子
 鵜原憲一:南原宏治
 鵜原宗太郎:西村晃
 室田儀作:加藤嘉
 本多:穂積隆信

 下の写真、田沼久子・有馬稲子。若き日の有馬稲子。
 

 この映画のラストにおいて、
 「ヤセの断崖」を舞台に選んだ。
  *)能登金剛の巌門から北へ約13キロ離れた場所に位置
 野村芳太郎は、当時を以下のように回想している。
 「シナリオの書かれている間、
  私は独りで冬の能登半島をロケハンした。
 (中略)冬の能登半島を、殺人の舞台となる断崖を探して歩き廻った。
  十二月の能登の天候はまるで気違いの様で、
  横なぐりの突風や、パチンコ玉の様なアラレが降った。
  空が暗く、その一部がさけると、一条の光で、
  暗い海の一部が輝き、波が踊った。
  この時見た景色が「ゼロの焦点」を映画化する時の
  私のイメージの原点になった」
  *)ヤセの断崖に関しては、2007年3月の能登半島地震で、
   断崖の先端が崩落し、現在では状況が変化している。
 
 <エピソード>
 ①当時19歳の女性が、
  「『ゼロの焦点』の舞台となった能登金剛で死ぬ」と、
  遺書を残して自殺した事件を契機に、
  女性の霊を慰め、更なる自殺者が出ないようにと、
  能登金剛の巌門には、本作にちなんだ歌碑が立てられた。
  歌碑には
  「雲たれて ひとりたけれる 荒波を
   かなしと思へり 能登の初旅」と、
  原作者直筆の文字が刻まれている。
 ②ヒロインが夫の行方を捜し、
  写真と同じ廃屋を見つける場面のロケ地は、
  日本海側ではあるが本来雪が積もらない場所であるため、
  劇中の積もった雪は全て市役所が調達した塩の塊である。
 ③高千穂ひづるが演じる室田佐知子が
  終盤で車を運転するシーンがあるが、
  実はこの時まだ高千穂は運転免許を取得しておらず、
  無免許運転だった事を明かしている。
  そのため、見えない死角から市の職員たちが車を押したという。

 下は、<映画2>(2009年製作)から。
 室田佐知子・中谷美紀の画像。原作には登場しない佐知子の弟が描いた。
 

 <映画2>
 2009年11月14日公開。
 第33回日本アカデミー賞作品賞ほか計11部門で優秀賞を受賞。
 <キャスト>
 鵜原禎子:広末涼子
 室田佐知子:中谷美紀
 田沼久子:木村多江
 鵜原憲一:西島秀俊
 鵜原宗太郎:杉本哲太
 本多良雄:野間口徹
 室田儀作:鹿賀丈史

 注1)この映画は脚色が多く、原作と大分違う。



 トップへ戻る