風流座敷八景
     ・・・鈴木春信

 もともと<八景>とは、中国の水墨画「瀟湘(しょうしょう)八景」に由来するという。
 「瀟湘八景」は<山水水墨画>の画題で、瀟湘は湖南省洞庭湖の南辺、
 瀟川湘川の二つの川のある景勝地。

 中国の文人・墨客に親しまれ、八つの景観にまとめられて<八景>となった。
 平沙落雁・山市晴嵐・洞庭秋月・江天暮雪
 瀟湘夜雨・遠寺晩鐘・漁村夕照・遠浦帰帆の八景がこれ。

 日本の室町時代の画僧・祥啓も「瀟湘八景」を描いている。
 下の画像。

 

 上図、左から 江天暮雪 遠浦帰帆 洞庭秋月 漁村夕照
 下図、左から 遠寺晩鐘 平沙落雁 山市晴嵐 瀟湘夜雨


 室町時代から、日本でも山水水墨画が好まれて、瀟湘八景にちなんだ様々な八景が生まれた。
 例えば、「近江八景」の画題は、
 堅田の落雁、粟津の晴嵐、石山の秋月、比良の暮雪
 唐崎の夜雨、三井の晩鐘、瀬田の夕照、矢橋(やばせ)の帰帆と題されている。


 春信はこの八景を山水画ではなく浮世絵にした。
 春信の「座敷八景」のもとになったのは、<巨川>の号をもつ旗本の大久保忠舒の企画。
 巨川が<座敷にあるもの>を八景の景観に見立て、その下絵を春信が描いたという。
 また、その着想は、福尾吉次郎という14歳の少年の「狂歌」から得られたという。

 「座敷八景」の画題は、
  ①琴柱(ことぢ)の落雁 ②扇子の晴嵐 ③鏡台の秋月 ④塗桶の暮雪
  ⑤台子(だいす)の夜雨 ⑥時計の晩鐘 ⑦行灯の夕照 ⑧手拭掛の帰帆

 下の画像は「扇子の晴嵐」。晴嵐は<初夏>の陽射しと強い風を表す。
 吉次郎の狂歌は下記。
  吹くからに絵がける雲もはれぬらん
  扇のうちにたたむ山かぜ



 娘が陽射をよける扇に山の風景が描かれ、供の女中も顔を背けて陽射しを避ける。
 また、娘の裾が風にあおられはだける。座敷でなく町中なのは<山市晴嵐>の<市>から。


 「風流座敷八景」では、上図の「扇子の晴嵐」が、下の画像に変わる。
 狂歌は、「吹くからにゑがける雲もきへぬべし扇にたたむやまのはの風」
  *フォトモーションにしたので読めるかも。ただし狂歌と春画とはどうも結びつかない(私の無知のため)。
 

 初夏の風物として行商があり、これは扇子を売る美形の若衆。縁側に<竹に虎>の扇子が置かれている。
 遊ぶ子を見やりながら母親(乳母?)らしき女が、若衆の着物をはだけて<マラ>を握りしめている。
 若衆は人目を気にして座敷の中を覗く。子供が握ってるのは?なんだか<マラ>に似ているかも。
 初夏の昼下がりか、ちょっとした<女の春情>を描いている。


 このように、「座敷八景」から「風流座敷八景」へと、鈴木春信は浮世絵師ならではの発想を見せる。
 他の絵はサムネイル形式に。

 サムネイル形式


 また、春信の春画には、「風流艶色真似ゑもん」がある。
 こちらは、主人公の浮世之介が不思議の<仙薬>をもらい、豆粒のように小さくなり、
 真似ゑもんと称して、色道修行の旅に出て、<色事の現場を覗く>という趣向。
 春信は<錦絵の先覚者>だけれども、座敷八景にせよこれにせよ、とても着想がおもしろい。

 真似ゑもんへのリンク