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 壱岐・対馬の旅2


  「壱岐・対馬の旅」
    「古代ロマンの架け橋 壱岐・対馬の旅」と題した
    「ワールド航空サービス」のツアーを利用した。
    2022年4月15日(金)~4月18日(月)

  資料編 :この旅行記ため補足資料を掲載する。
   内容 :①魏志倭人伝 ②対馬の名の由来と元寇による被害
       ③対馬藩主、宗義智 ④小西マリア


  壱岐・対馬の旅1
   和多都美神社~烏帽子岳展望台~豊玉町郷土館
   ~ホテル~味処 千両

   ページ内リンク (リンク先でクリックするとここに戻る)
     和多都美神社 味処 千両


  昨年、「能登の旅」で
 50年ぶりに能登・須須神社の宮司さんと再会し、
 「縄文の旅」では世界遺産となった三内丸山遺跡など
 「縄文文化」に触れることができて、
 コロナ禍でも、感銘を受けた旅行ができた。
  今年は、「壱岐・対馬」という古代のロマンを感じさせる
 島巡りの旅に出ることにした。

 第一日目 4月15日(金
 事前に、<ワクチン3回目接種証明>の写真ファイルをメール
 でワールドに送信して、このツアーに参加することになった。

 私は壱岐・対馬についてそれほど関心なく、
 実はわが同居人(妻)の希望を入れて、今回の旅に参加した。
 ただ、大西巨人作「神聖喜劇」を読んでいて
 (途中で何度も挫折し、読了していないけれど)、
 対馬については多少興味があった。
 もちろん、戦中の大西巨人の体験とは関係ないだろうが、
 現在の対馬はどんな様子なのか、と。

 そのためほとんど予備知識なしで旅立つことになった。
 もともと私はツアー旅行では、下調べせずに参加して、
 ガイドさんの話やパンプレット、目録類を集めて、
 見学した印象を心に留めるやり方で、
 旅行後にまとめるという不勉強・不真面目な次第(今回も同じ)。
 また、司馬遼太郎「街道をゆく」13巻「壱岐・対馬の道」を
 旅行中に買って、読んでいる。

 さて、旅立つ前に、旅程表から見慣れない<ソラシドエア33便>や、
 <オリエンタルエアブリッジ53便>を見て、
 「ソラシドエア」や「オリエンタルエアブリッジ」は格安航空会社のようで、
 大手旅行社のワールドにしては<何故格安か?>と調べてみると、
 両社は九州方面の空の旅を扱う国内航空らしく、
 それなりに利便性が高いのだろうか、<まぁ良いか>と思う。
 (帰路には福岡空港から見慣れたANAになる)

 「壱岐・対馬の旅」と題されているが、実際は対馬から旅が始まる。
 (語調から、壱岐が先になった訳だった)

 先ずは、壱岐・対馬に関する最古の資料「魏志倭人伝」、
 その壱岐・対馬のくだりを見てみる。
 (上記の資料編に掲載されている)


 <出発
 旅程から、集合場所が羽田空港国内線の第2旅客ターミナル2階、
 その3番時計台前で集合、時間が8時40分という。

 町田在住の私たちは横浜線成瀬駅から横浜駅へ、
 乗り換えて京急線特急で羽田空港へと計画したが、
 途中もたもたしたり機内昼食用のおにぎりなどを買ったりして、
 集合時間に5分ぐらい遅れてしまった。
 人待ち顔の添乗員さんに迎えられて、早速出発便の受付に向かう。

 私の飛行機を利用した旅行は、大分前、いつだったか、
 確か「中国・敦煌の旅」以来なので、
 初めて機上するような気分になっていた。

 旅行用大型のキャリーバッグを預けるため搭乗券を受付嬢に渡し
 <手荷物お客様控え>を受け取る。
 次いで手荷物検査チェックのため、リュックサックとショルダーバッグ、
 ズボンのポケットのものを箱に載せた。
 すると検査員がライターは1個だけ、1個は没収するという。

 喫煙愛好者の私は外出時にはライターを2個持っているが、仕方なく同意した。
 実はショルダーに電子ライターを入れていたが、
 何故かチェック漏れで<OKだ>った。
 身体と手荷物のチェックが終わり<保安検査証>を受け取り、
 こうして無事搭乗ゲートに向かう。
 確かに、国際線と国内線の違いがあるが、
 以前よりスムーズな流れのように思う。

 搭乗口51番に着き、周囲を見ていると自販機があり、
 そのそばに喫煙所を見つけた。
 家を出た7時頃から9時半ぐらいまで2時間半、
 ちょうどいい具合に一服できた。
 さあ出発、搭乗口は搭乗券のQRコードを読み取るようになっていて、
 <ご搭乗案内>が出る仕掛け。

 予定通り、羽田空港9時40分発のソラシドエア33便に乗る(55分離陸)。
 <ソラシドエア>とは面白く名付けていて、
 ドレミファから<上り調子になろう>と。
 この小型旅客機は、機内は横両側に3座席ある。
 飛行中なんとも騒音が耳障りだった。
 やっぱり国際線の大型と<違うなぁ、こんな騒音はなかった>と、
 <2時間ぐらいの我慢か、まぁ客室乗務員のお嬢さんはいい>と思う。


 定刻通り11時35分に長崎空港に着陸。
 乗り継ぎで12時15分発のオリエンタルエアブリッジ53便に搭乗し、
 対馬空港へ。
 この飛行機は小型プロペラ機で、機内の様子はほぼ同じだった。
 ところで、添乗員の話では対馬空港周辺が強風の時は着陸できないので、
 その場合福岡空港に戻る場合があるという。
 そうなるとどうなるか、博多港から船で対馬に来るらしい。
 <まぁ、運を天に任せよう>と思いつつ、
 耳障りな騒音と機体の揺れに任せていた。
 しばらくして、幸いにも対馬空港に着陸できるらしい。

 そして、着陸するやガッツンガーガーと衝撃がはしり、
 滑走路上で機体もガタガタと揺れながら、どうにか無事着陸できた。
 私は、ロシア旅行の際の、
 モスクワからサンクトペテルブルクに飛ぶロシア旅客機を想い出した。
 着陸時に今日と同じような衝撃と揺れがあって、
 乗客からは無事着陸したと歓声があがったのだった。
 後で聞くと、軍人あがりのパイロットが平気でこんな着陸するんだ、と。

 今日のパイロットはどうなのか、
 後で聞いたバスガイドさんの話によると、
 対馬空港は島の固い岩盤を削って滑走路を作ったので、
 どうしても衝撃と揺れがあり、
 決してパイロットが<下手じゃないんですよ>という。


 かくして、対馬空港に12時50分頃到着、キャリーバッグを受け取り、
 大型バスで最初の観光地、「和多都美神社」に向かうことになった。

 ツアー参加者は16名、夫婦は私たち1組で、
 他は男性1人、女性13人という、珍しい組み合わせであった。
 バス座席は昨年の「能登の旅」や「縄文の旅」と同様、
 2座席を一人で使い、日替わりで前後に変わる。
 わが夫婦は添乗員の後ろ、前から2列目となった。
 アルコール消毒を済ませ順次バスの乗る。
 添乗員の小澤清美さんから
 バスガイドの岩佐さんと運転手の坂田さんの紹介があり、
 和多美神社に向かう。

 ベテランのバスガイド・岩佐さんの話によれば、
 空港着陸時に経験したように、対馬は固い岩盤の島で、
 全体の9割は山林からなり、山また山が連なる。
 人口は現在3万人を切り、高齢者が多い。
 若者は高校を出ると、就職や進学のために福岡など都会に出てしまう。
 岩佐さんもいわば<Uターン組>という。


 和多都美神社

 和多都美神社に行くためバスは北上し、
 途中で、赤く塗られた「万関橋」を車窓から見る。
 地図を見ると分かるように、
 <対馬>の島は真ん中ぐらいに大きな<浅芽湾>があり、
 リアス式の入り組んだ複雑な入江により島を南北に別つような姿になっている。
 そこで、海軍が島の東西に水雷艇を通すために、
 水路を作ってこの橋を架けた。
 その結果、<対馬島>は実は南北二つの島になっている。
 この水路、万関瀬戸は日露戦争の<対馬沖海戦>の勝利に貢献した。


 「和多都美神社」に着く。
 この神社は海岸沿いにあり、潮の干満の差が2mになるので、
 大潮の時には境内の社殿近くまで海水が入るらしい。
 石段を降りた海に面した二つの鳥居は、
 (三つのうち一つは台風で壊れてしまった)
 確かにほとんど水没するように見える。
 それでまた、この神社を竜宮に例える伝承もある。

 神社の伝承は、海幸彦・山幸彦伝説。
 海幸彦から借りた釣り針をなくした山幸彦(彦火々出見尊)が捜しているうちに、
 豊玉姫と出会い妻とするという。

 この神社には、全国的にも珍しい柱が三本ある<三柱鳥居>が2か所にあった。
 また、豊玉彦命(豊玉姫の父)の化身という<龍松(たてまつ)>があり、
 これは杉の木の根が固い岩盤の下に潜り込むことができずに、
 本殿の方まで横に伸びている。
 本殿の裏手の海宮山の原生林の中を少し歩くと、磐座がみえてくる。
 この手前の壇が<豊玉姫命の墳墓>という。
 ここも岩と木の根が入り組んでいる。


 次いで、バスで「烏帽子岳展望台」に向かう。
 ここは烏帽子岳から複雑に入り組んだ入江による<浅芽湾>を展望できる。
 バスを降り、山頂の展望台まで階段を昇っていくのだが、
 100段ぐらいありそうで、途中、<展望台はまだか>と思う。
 着いてほっと一息、見渡すとこの展望台は本当に360度の景観となっている。

 南側に広がる浅芽湾は浪立たたず、穏やかな内海の雰囲気。
 湾内では真珠の養殖が行われ、遊覧船が運行し、
 海上ではシーカヤックができるという。
 展望台から降り、バスに乗る前に私は一息入れて一服していると、
 バスの運転手さんも一服していた。<お仲間がいた>と一安心。

 ところで、浅芽湾の<浅芽>は<あそう>と読む。
 対馬には独特の地名や方言があり、
 明日見学予定の<豆酘崎>の豆酘は<つつ>と読むが、
 まず読める人は少ないのではないか?
 調べたところ、<酘>は音読みで<トウ>となるだけ。

 ホテルに向かう前に、時間の余裕があると、
 旅程外の「豊玉町郷土館」に寄る。
 ここでは、縄文から古墳時代の出土品や朝鮮系の青銅器、
 朝鮮通信使の絵巻(かなり長いもので絵巻全体を壁に掛けている)、
 民家の暮らしぶりを表す展示品などを見学した。
 民家の調度品などは珍しいので写真を撮れば良かった、残念。

 このツアーは、浅芽湾の北側、和多都美神社などこれまで見学した場所よりも
 南側を中心に企画されているので、対馬北端の<韓国展望所>とか、
 絶滅危惧種のツシマヤマネコを見ることはできない。
 (別の旅行社の企画にはあるようだ)


 ホテルに4時45分頃到着した。
 対馬市の中心・厳原(いづはら)の中心街にある
 「東横INN対馬厳原」というビジネスホテルで、
 コロナ禍で例の通り、アルコール消毒と検温を済ませて、
 客室のカードキーを受け取り、流れ解散式に各自の部屋に行く。

 私の部屋は505号室、わが同居人は507号室だが、隣り合わせになっている。
 同室にならなかった理由は、ツインルームだけどいやに狭い部屋で、
 二人分のキャリーバッグやリュックサック、ショルダーバッグがあると、
 とても置き場所に困るほどだったから。
 去年の<縄文の旅>で泊まった八戸のビジネスホテルはこんな手狭ではなく、
 二人で同宿になったのだが、このホテルはいかにも<ビジネスらしく?>
 全体的にゆとりない構造になっている。
 1階のロビーには、テーブルと椅子が所狭しと並んでいて、
 宿泊客はそこで朝食(無料)を取ることになる。

 とりあえず、夕食のため6時50分の1階ロビー集合まで、
 部屋でくつろぐことになるが、
 旅の初日ならではの荷物整理とかで、わが同居人がわが部屋を行き来する。
 整理の手伝いしながら折を見て、
 私は1階ロビーにいたとき見つけておいた喫煙場所に向かう。
 喫煙場所はホテル外に、吸い殻入れが置かれているだけだが、無いよりまし。
 女性の多いこのツアーでは、どうも喫煙者は私だけらしい。
 ツアーでの喫煙は一行から少し離れて煙をくゆらすマナーを私は身に着けて、
 だから本数も少ない、<まぁ、健康にためだ>と。


 味処 千両

 1階ロビーに集合して、歩いて「味処 千両」に向かう。
 千両の夕食は、<お品書き>がないので、
 料理に無知な私には分かりようがないけれど、
 地元の<海の幸>が多く出て満足した。
 バスガイドさんの話で、
 <刺身が厚切りで新鮮なだけにおいしいですよ>と聞いていて、
 確かに我が家でスーパーで買った刺身よりも
 <歯ごたえあり、水っぽくなくうまい>と思う。

 千両へ行く途中、観光客向けの商店や居酒屋・バアーなどが並んでいて、
 看板には必ずといって良いほどハングル文字が並んで書かれている。
 これもバスガイドさんの話では、
 コロナ以前に対馬を訪れる観光客の8割は韓国から来た、と。
 朝鮮半島と対馬は49.5kmの距離(対馬と壱岐は70km)、
 対馬北端から釜山の町が遠望できるほどの近距離で、
 韓国から日帰りする買い物客もいた。
 また、韓国人の中には対馬の山登りや海釣りが好きな人もいる、と。
 それが、コロナ禍で激減してしまい、観光バス利用も激減、
 バスガイドさんも一時仕事にならなかった時期があって、
 <今日、皆さんにガイドできてうれしい>という。
 そういえば、今日はわがツアーの観光バスの他には見かけなかった。


 千両からホテルに帰る途中、来るとき見つけていた書店に立ち寄り、
 雑誌「旅する長崎学」12の「海の道Ⅱ対馬」を購入した。
 ホテルに帰り、部屋で持参したタブレットのWi-Fi接続をしたり、
 LINEで身内に無事着いたと報告する。
 さて、お風呂に入る段になって、蛇口が一つで湯水の出口が三つという。
 洗面台とシャワー、それに浴槽の上の天井にもあって、
 間違って天井からお湯がほとばしったという人の話を聞き、
 試し試しに出方を調べてみる。
 かくして、やっと入浴するが、結局シャワーを使うことにした。
 <やっぱり、旅には温泉がいい>と、思いながら。


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