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仏教通史
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1)仏教以前
古代インド思想の中心には、
インド・アーリア人の宗教であるバラモン教の教えがあり、
それは聖典『ヴェーダ』の最新(最深)の部門とされる『ウパニシャッド』に記されている。
それが「梵我一如」の思想である。
ウパニシャッドによれば、宇宙の原理としての「梵」(ブラフマン)と、
われわれの真実の自我すなわち「我」(アートマン)とは、
実は一体のものであるという自覚、
すなわち「梵我一如」の自覚に到達することこそが理想であった。
ブラフマンとはもともと神々への賛歌や祭詞をあらわし、
言葉のもつ一種の力(古代日本でもそれを言霊と言った)を意味した。
また、アートマンとは、気息(吸気=プラーナという)であり、生命の徴であって、
古代的思考では地・水・火・風(空気)という4元素の1つでもある。
古代的思考において言霊、プラーナは、
宇宙(自然)と人間との交感・共感の接点であり、
これがブラフマンとアートマンの一体性の基礎にあるものである。
*)「梵我一如」思想を引き継ぐインド的な精緻な思考体系は、
中世キリスト教神学・スコラ哲学に匹敵する、
もしくはそれ以上の完成度を持つものであり、
思想の大伽藍ともいうべき内容を持つ。
同時に、インド的思考は、「ヨーガ」の実践と深く結びついており、
理論体系とヨーガの実践という課題が不可欠に結合している。
理論はむしろ実践の正当性を保証するものとして、
理論的な完成度が高ければ高いほど、
その理論から導き出される実践が正当性を高めることになる。
したがって、「梵我一如」の思想は、
理性的思考によって理解できるというものではなく、
瞑想や苦行などの修行(ヨーガ)を通して、
真実の自己であるアートマンを見いだし、
「アートマンとしての自分はまさにブラフマンである」と、
自覚(体得)に達することであった。
そのために修行者たちは世俗を離れ修行(ヨーガ)に励げみ、
ついには「梵我一如」の境地に達することをめざした。
そうすることによって、彼らはまた、輪廻から解脱をできると考えた。
古代インドの輪廻観では、
この世界を去った者は月に行き、そこで「汝は誰か」という月の問いに答える。
(正しく)答えられなかった者は、やがて雨となってこの世に降り、
その者の業に従ってさまざまな生物となって再生するという。
*正しい答えは、「私はアートマンである」と。
古代インド社会は、いわゆるカーストという身分制度とともに、
バラモン教の宗教的支配のもとにあったが、
やがてバラモン教を批判する新しい動きが起こった。
それがシャカを開祖とする仏教であり、
ヴァルダマーナ(マハーヴィーラ)を開祖とするジャイナ教である。
ジャイナ教は徹底した不殺生(アヒンサー)を説き、
その僧は街を歩く時に大きなマスクをかけるという。
*空気中の微生物を吸い込んで殺さないように。
2)シャカの思想
*)シャカの本名はゴータマ・シッダッタ(ガウタマ・シッダールタ)。
尊称として、
シャカムニ(釈迦牟尼)、釈迦族の尊者。
ブッダ(仏陀)、(真理に)「目覚めたもの」。あるいは「覚者」。
*)歴史上の人物としてのゴータマ・シッダッタは、
イエスと同様、虚実相混じる存在として確定しようがない。
イエスが「悪魔祓い師(エクソシスト)」や病者治癒師であったと同様、
シッダッタも「神通力」を持っていたという。
しかし、彼は、古代インド的な「輪廻転生」と「業」の思考と、
そこから「解脱」する方法について説いたのであって、
「神通力」などは後からの造作、「ジャータカ」と同様であろう。
北インドのカピラヴァストゥで、シャカ族の王子として生まれたシャカは、
妻子をもち、何ひとつ不自由のない生活を送っていた。
しかし、彼の出家の動機を記す『四門出遊』の物語によれば、
彼は、王城の東門から出た時に老人に出会い、
さらに南門(病人)、西門(葬列)を出て、その時々に出会った人々から
苦しみは人間にとって避けられないことを知り、
最後に北門から出た際に出家修行者の姿を見て
ついに出家することを決意したという(29歳)。
出家後、6年間、苦行を行ったが、
苦行では悟りを得られなかった彼は、35歳の時、
ブッダガヤの菩提樹の下で深い静座瞑想にはいり、
ついに悟りを開きブッダ(仏陀)となった。
その後、彼はサールナートで初めて教えを説き(初転法輪)、
ついで、各地を遊行し布教を行うなかで、彼の周りに多くの弟子が集まった。
やがて、80歳になった彼は、故郷をめざす最後の旅の途中、
クシナガラの<サーラの二本の木(沙羅双樹)>の下で入滅した。
シャカの思想の特徴は、
4つの真理の印、すなわち「四法印」としてまとめられる。
その第一の真理は、「一切皆苦」という真理。
四苦(生老病死)や他の四つの苦しみ苦に満ちた人生は苦であるという
怨憎会苦(憎いものに出会い)、愛別離苦(愛するものと別れなければならず)、
求不得苦(求めるものは得られず),五蘊盛苦(五蘊が盛んである)という苦しみ。
*四苦+四苦で八苦、この造語が「四苦八苦する」となる。
五蘊とは、人間を含めた存在するものを構成する五つの要素をいう。
すなわち、色(身体)、受(感覚)、想(概念)、行(意志)、識(認識)だが、
それらが盛んであるとは、結局、われわれの欲望が盛んであることを意味する。
例えば、愛する気持ちが強いほど苦しみも強くなり、
それは愛するという欲望が盛んだからである。
では、苦しみをもたらすこの世の真実はどうあるのか。
第二の真理が「諸行無常」であり、「常住不変なものはすべて無い」という。
*『平家物語』は、有名なの冒頭の文から終わりに至るまで仏教思想にいろどられている。
「祗園精舎の声、諸行無常の響きあり。
娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす・・・」
から始まり、建礼門院徳子の死(六道輪廻)で終わる。
まさにこの物語は諸行無常を語るものになっている。
第三の真理は、「諸法無我」、すなわち「すべてのものには、固有な実体(我)がない」と。。
この真理は、われわれを構成する五蘊が解体する(バラバラになる)こと、無我をあらわす。
*この無我とは「梵我一如」の我(アートマン)の否定として、
仏教とバラモン教の違いでもある。
第四の真理を「涅槃寂静」という。
涅槃(ニルヴァーナ)とは、煩悩を断ち、我執を去った心静かな悟りの境地をあらわす。
この境地に達するためには正しい修行が必要である。
それをシャカは、初めて教えを説いた際に、
愛欲と苦行を排除した中道と説き、具体的には八正道として説いた。
シャカの教えを簡潔に示すならば、解脱と慈悲といえる。
「犀の角のようにだた独り歩め」という
わが身を引締められるようなシャカの言葉とともに、
衆生への無量の慈悲を説く言葉も印象的である。
3)大乗仏教以降
シャカの死後しばらくして,仏教教団は上座部系と大衆部系とに分裂した。
これ以後を部派仏教の時代という。
マウリア朝のアショーカ王時代に、「仏典結集」など全盛期を迎え、
やがて紀元前前後ごろから,クシャーナ朝カニシカ王の時代に
大衆部系から新たな運動がおこった。
これが在家者信仰を重視する大乗仏教である。
大乗仏教では,菩薩が理想とされた。
菩薩とは,修行による自己の悟りばかりでなく、
「生きとし生けるものすべて」(「一切衆生」)の救済のために働く修行者のことである。
また、大乗仏教の中心思想を「空の思想」という。
大乗仏教では、<無我>を「空」とし、空の思想を展開した。
「空」の観念は、数学史上のゼロの観念と結びつく。
シャカの思想では、
このような諸行無常、諸法無我の根底にあるものを「縁起の法」という。
この縁起とは「因縁生起」の略語で、
因縁とは、原因と「きっかけ、条件」を意味する。
仏教では「縁」が重要なキーワードにもなっている。
*「袖ふれあうも他生の縁」というように。
「縁起の法」とは、すべてのものは相補的、相互依存の関係(縁起の関係)にあり、
それだけで独立して存在することはない、ということである。
このことについての根本的な無知(無明)により、
われわれは諸行無常、諸法無我に気づかないまま生きている。
われわれは常に一緒にいたいという欲求のままに、
愛するものがいつまでもこの世に生きているかのように思いこみ振る舞い、
その死に際して嘆き悲しむ。
こうした苦しみの原因は何か、それは煩悩(欲望、渇愛)であり、
根本的な3つの煩悩を三毒(貪・瞋・癡)という。
つまり、貪り・怒り・愚かさを根本的な毒とする。
しかしながら、大乗仏教とともに仏教の変質という要素が生まれた。
インド西北部を含むガンダーラ地方では、
ヘレニズム文化とインド文化が融合して独特のガンダーラ文化が成立し、
仏像製作が始まったのであった。
かくして、諸仏・諸菩薩の造型が盛んに行われ、
仏像が神像と同じように信仰の対象となったのである。
間奏)インド的思考の特徴
釈迦本来の思想とその後の仏教思想の発展とを区別する必要がある。
特に、大乗仏教以降の論理的・抽象的な理論体系、
例えばナーガールジュナ(龍樹)の『中論』における「中観」思想や
ヴァスバンドゥ(世親)の「唯識論」、
さらにはインド仏教最後期の密教思想など、
チベット密教を除くとこれらも実際に日本に伝来している仏教思想であるが、
『ウパニシャッド』の「梵我一如」思想を引き継ぐインド的な精緻な思考体系は、
中世キリスト教神学・スコラ哲学に匹敵する、
もしくはそれ以上の完成度を持つものであり、
思想の大伽藍ともいうべき内容を持つ。
しかし同時に、インド的思考は「ヨーガ」の実践と深く結びついており、
理論体系とヨーガの実践という課題が不可欠に結合している。
理論はむしろ実践の正当性を保証するものとして、
理論的な完成度が高ければ高いほど、
その理論から導き出される実践が正当性を高めることになる。
このために、仏教経典は多種多様に作成され『大蔵経』として今日集成されているが、
聖典としてキリスト教が『新・旧聖書』、イスラム教が『コーラン』に依拠する
のと違った仏教思想のあり方があり、
これはインド的思考が同時に多種多様な思考の折り重なり(織物)からなるのに対して、
キリスト教・イスラム教は唯一神信仰による唯一性・統一性を思考の中心に据えていること、
という違いを示しているといえよう。
4)大乗仏教の後期には密教思想が現れる。
この時期にインドでは、バラモン教と民間信仰が混交したヒンドゥー教が盛んになり、
衰退の危機を迎えた仏教は仏教を守護する神々として
ヒンドゥーの神々を積極的に取りいれながら、
ヒンドゥー信仰を融合して、危機を乗り越えようとした。
*)イスラム勢力のインド侵攻により仏教勢力は攻撃されて
寺院や仏像などは破壊された。
また、その間に、インド自体の中からヒンドゥー教が発展しており、
両者の挟撃を受けて、
結局インドから仏教は衰退したということになる。
*)インドで仏教は衰退するが、周辺地域に仏教は伝播した。
上座部系はスリランカ~東南アジア諸地域へ、
大乗仏教系は西域~中国~朝鮮・日本へ、と。
密教思想とは、従来のシャカの教え(これを顕教という)には説かれていなかった
真実の隠された教えがあるという思想である。
密教の特徴は「即身成仏論」にあり、
従来は長年の修行により悟りを得るとされていたのに対して、
身、口、意の三密の修行によって修行者と仏陀との一体化を果たす(仏となる)という。
そして、密教では宇宙の中心にある仏陀を大日如来とし、
大日如来を中心に諸仏・諸菩薩などを配置した宇宙(曼陀羅)を構想し、図像などに描いた。
大日如来は、金剛界と胎蔵界のそれぞれの中心に座し、
金剛界は仏の知恵を、胎蔵界は仏の慈悲をそれぞれにあらわすとされる。
インドで仏教そのものが衰退する時期にチベットに伝えられた仏教は、
チベット仏教として独特な発展を遂げた。
チベットには日本に伝えられなかった密教の後期思想があり、
われわれ日本人の仏教イメージとは異なる
寺院建築、諸仏・諸菩薩像などの造型など
チベット仏教独特の姿がある。
現在、チベット仏教の最高の教主がダライラマ14世(インド亡命中)であり、
彼は「観音菩薩」の生まれ変わりという。
彼をはじめとした高僧たちが転生するという「活仏思想」が信じられている。
さらに、男女一体の姿をとった「ヤブ・ユム尊」(父母尊)が造型されて、
その多くは、従来の諸仏・諸菩薩が「慈悲の相」であらわされるのに対して、
「忿怒の相」であらわされる。
また、チベット仏教はモンゴルにも伝えられた。
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